炎の中に現れた人は
気がついたときには、もう手遅れなほどに火の手が迫っていた。
扉の向こうは、灼熱だろう。
「……うそ、ここは窓もないのに」
ジリジリと下がる。
薄暗い図書室は、蔵書を保護するために日光が入らない造りになっている。
手前の扉以外に、逃げる場所はない。
「ディル様……」
このまま焼け死んでしまうかもしれないという恐怖。
でも、それよりも、このまま私が死んでしまったら、ディル様の呪いは、どうなるのだろうという恐怖のほうが強い。
あの日、冷たい雨の中で眺めた光景が心臓を締め上げる。
あんな思いをもう一度するくらいなら、このままいっそ……。
煙が入り込んできたこともあり、目がしみて涙がこぼれる。
ここまで燃え広がってしまったのだ、きっと誰も助けになんて来ないだろう。
古い床に、先ほど手にした本を抱えたまま膝をつく。
その時、ものすごい音を立てて、扉が吹き飛んだ。
「……ルシェ!!」
こんな場所で聞こえるはずがない声。
膝をついたまま、その声の主を捜そうとした私は、バサリという音とともに濡れた感触に包まれる。
強く抱きしめてくる腕は、間違いなく声の持ち主にちがいない。
そのまま浮遊感を感じて、炎から守られるように抱き上げられる。
「少し、我慢して」
「……ディル様」
返答はなく、私を抱えたまま走り出した気配。
私の周囲には、冷たい氷のベールが作られて、熱さなんて感じない。
しばらく後、私たちは無事に図書室のあった建物から外に出ていた。
神殿の芝生に二人で倒れ込む。
絡みつくような冷たいマントから這い出して、助け出してくれた人の姿を捜す。
「ディル様」
「ゴホ……」
返事をしようとしたのに、声が出なかったのだろう。
黒い煤にまみれた痰を吐き出したディル様を見つめて、背筋が冷たく凍り付く。
光魔法の力を持つ人間に課せられている救助作業で、見たことがある。
「ディル様!」
おそらく高温の煙を吸い込んでしまったのだろう。
ディル様は、声を出すことも出来ず膝をつく。
それなのに、こちらを見て微笑んだコバルトブルーの瞳と唇。
「だ、ダメです……」
どうして、氷魔法が得意なのだから、自分のことを守ればよかったのに。
助けてもらった私は無傷なのに、どうしてディル様は……!
その時、金色の光が脳裏に浮かぶ。
その中心にいるのは、私だ。
顔を覆って、冷たい雨の中で、何もかも悲観したあの日の私。
「…………あれ、どうしてだろう」
そう、忘れていた。
ディル様の最後を知ったとき、私は……。
「あの時、光魔法を使えた?」
ディル様を助けたくて、ありったけの光魔法を使った。
結果、もちろん死んだ人を生き返らせることなんて出来なかったのだけれど……。
そして、その後私は、なぜか呪われてしまったのだ。
不思議なことに、今なら光魔法を絶対に使える、という確信があった。
けれど、傷ついたディル様を前にひどく混乱していた私は、魔法の出力をコントロールすることが出来なかった。
「……死なないで! 全部あげるから! ……ディル様!」
「ルシェ!!」
ディル様の声が出るようになって、ホッとしても、どうしても魔力の流出を止めることができなかった。
魔力が完全になくなって、冷えてしまった体。
あの日、私の元に戻っては来なかったはずの人が、涙でぐしゃぐしゃのひどい顔のまま私を抱き上げる。
そのことに、安心して、悲しくて、嬉しくて、悔しくて、ごちゃ混ぜの気持ちのまま、せめて泣かないで欲しいと微笑みかける。
「……もう、私より先に、いなくならないで」
「ルシェ……。君は」
私が覚えている、その日の記憶は、そこまでだった。
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