第39話『オリナの記憶です』
♦♦♦♦♦
ライゼスの心の叫びを聞き、オリナの遠い過去の記憶に、似たような出来事があった。
今より数年前――。
――――♦――――
ドライアドにも、それぞれ役割がある。
人間でいうところの仕事みたいなものだ。
人間とは、積極的に交流はないものの、数少ないが物流を図る物もいた。
宝樹と呼ばれる巨大な神木に、ダンジョンが出現する前。
オリナは、複数のドライアドの仲間とお酒を造って、生計を立てて暮らしていた。
試行錯誤を繰り返して作り、他のドライアド、そして一部の信用ある人間に流通させた。
我ながらに天職だと思うほど、酒造りは楽しかった。
繊細で時間がかかり、少しの条件が崩れるとダメになってしまう。
でも、そんな面倒だと言われる工程に、愛を持って、丹精込めていくと、不思議と完成したお酒に愛着は湧いてくる。
それはもう、我が子のように愛おしい。
ある日、オリナ達が作るお酒の噂を聞きつけた、どこぞの盗賊が酒蔵に侵入を試みた。
酒造りの知識を一切持たない盗賊たちは、未完成の、まだこれから行程を踏んでいくはずだったものに、不用意に手をつけた。
乱暴な物音に異変を感じたオリナが駆けつけると、荒らされた残骸が広がっていた。
「ひどい・・・・・・」
盗賊の姿は、見渡す限りではいなかった。
しかし、探し出すのは容易である。
ドライアドにとって、森に生えている木や花は、監視の目としても働いてくれる。
瞬間移動などという、上位魔法で逃げられればどうしようもないが、所詮は頭の悪い盗賊風情。
オリナより後に現場に来たドライアド達に因れば、完成して商品となるはずだったお酒の貯蔵庫を発見し、それらを盗み出し、ここより北東に向かっているとの事。
「すぐに追いかけて、取り戻しましょう。 盗賊共に遠慮はいらない。 謝っても、許しはしません」
どれだけ自分たちが、愛情を込めて作っていると思うのだ。
そんな事も分からない、その場の欲望だけで生きるような奴に、大切な我が子たちを連れ去られる訳にはいかない。
♦
「な、なんなんだてめぇは!?」
「俺か? 俺は、駆け出しの冒険者だが? お前らこそ、それ、何持ってんだ?」
ドライアドの酒蔵から、盗んだお酒を風呂敷いっぱいに詰め込んで、逃走中の盗賊。
草木をかき分けて、道なき道をひたすらに進んでいたら、木の上からズドンと、勢いよく落ちてきたのが、この駆け出しとか名乗る冒険者。
「こ、これかぁ? お前も匂いで分かるだろ。 酒だよ酒。 そこのドライアド共の所からかっぱらって来たんだ。 上物だからなぁ、売りさばいて金にすんだよ。 邪魔だ! 退けガキ!」
気付かれて、ドライアドに追いつかれでもしたら、面倒だと分かっている盗賊。
「あぁ? 盗んだだぁ? しかも、それを売りさばく?」
こめかみに、血管を浮き出し、血眼になって睨みを利かせる駆け出し冒険者。
ただならぬ不穏な雰囲気が纏っている。
「・・・・・・俺はなぁ、それを飲みたく飲みたくて、だけど、ずーーーーっと我慢してんだ。 金がねぇからな。 だから、今日もこうして依頼こなして、疲れてた所に・・・・・・好物の匂いがしたから・・・・・・」
背から大きな剣を抜き取り、今にも暴れ出しそうな勢いで、ぶつぶつと盗賊に近づいてくる。
「お、おい。お頭。 早くしねぇとドライアド達が――」
「もう、手遅れです。 あなたたちは大罪を起こしました」
盗賊達の手足は、強固なツルが巻き付いていた。
作り手のオリナ達が、追いついたのだ。
「く、くそ! こ、こいつだ! この冒険者に雇われて、俺達はっ!」
「精霊を侮らないでくださいな。 全てここの木々から伝わっています。 盗みを許したのは、こちらの失態ですが」
オリナは、この盗賊をどんな言い訳をしようとも許す気はなかった。
骨の髄まで、精霊を怒らせた事を分からせてやろうと考えていた。
ツルの力を、徐々に強めていき、今のも引き千切ってしまおうかという時。
「ドライアドの姉ちゃん、そのままコイツらを縛っててくれや」
そこに居合わせていた冒険者が、オリナに話しかけてくる。
怒った精霊を前にしたら、その威圧で関係ない者も萎縮してしまうほどなはず。
それなのに、まだ10代後半、もしくは20歳くらいの若き冒険者は、言葉をかけてくるほど。
「もちろん、この者達を離すつもりはありませんが・・・・・・。 でも、あなたには関係ないはずですよ?」
盗賊に居合わせたしまった運の悪い駆け出し冒険者。
この状況は、百害あって一理なしであろう。
しかし、彼がどういう訳か足止めをしてくれていたのも、事実。
彼の言葉を拒否する理由はない。
「何をするつもりなのですか?」
「こいつらをボコボコにするに決まってんじゃん」
「ひいぃぃ!?」
「あ、あなた・・・・・・」
その若き冒険者の顔は、瞳を赤く滲ませ、まるで血を流しているかのように涙を流している。
感情を必死で抑えようとしているのか、口角をヒクヒクと引き攣らせて、無理に笑顔を作ろうとしている。
それが、逆に鬼の形相と化している。
さすがの、オリナもこれにはタジリと後ずさってしまうほど。




