第37話『乱暴にしないでください』
「おぉ・・・・・・。 さっきより重く感じる」
一度、手を離した時点で、完全に気を抜かしていた。
今日はもう、よっぽど逼迫した戦いなんて起きないだろうと。
まさかこんな事になろうとは・・・・・・。
「では。 参りますよ」
オリナが ふっと右手を俺に向けて、真っ直ぐ上げる。
複数のツルが、空間より浮き出た魔方陣から出現する。
「やっぱりドライアドも魔法を使えるわけか」
「当然です。 ただ、私は別にこれでビシバシと相手をしばくつもりはないので」
そういって、手の平に魔力を集中させていく。
森の精霊が作る魔力の集合体。
エメラルドグリーンに輝きを発光させ、澄んだ森を1つにまとめたような美しさがある。
思わず俺も見惚れてしまう。
そして、オリナはそれを握り、飛散した翠色の魔力。
その先は、自分で生み出したツルへと吸収される。
オリナの追加魔力を吸い取ったツルは、ウネウネと蠢き、先端を大きな人間の拳へと変形させた。
人間のとはいっても、オリナの作り上げたツルの拳の大きさは、俺の握った手よりも一回りも二回りも大きい。
あんなものは、もはや殺戮のための鈍器でしかない。
「オリナさんや。 そんな物騒なもの、仕舞ってくださいな」
「さぁ、試練を乗り越えてみなさいな」
ツルの大拳は、一斉に俺を目がけて伸びてくる。
その数は4つ。
4本腕の巨人が迫ってくるような感覚。
そんな巨人見た事はないがな。
1撃、2撃とかわす俺。 速度は目に追えない程のものではない。
だが、俺の動きを読んで3撃目が俺を捉える。
大剣で引き裂けるか試してみたが、切れ味皆無の鉄の板では、まったく歯が立たなかった。
びりびりと支えていた俺の腕にまで、衝撃が走る。
それに加えて、横から4撃目が見事に命中。
「ぐわぁ!」
咄嗟に受け身を取るが、キングドロカラスの一撃にも劣らない程の威力。
壁にぶつかる手前で、なんとか踏み止まる。
「本当に手加減してくれないみたいだな」
オリナからの攻撃に一切の躊躇なし。 本気で、俺を殺しにきたと伝わった。
何発も食らったら、身体が持たないのは明白。
「今ので倒れると思っていたのですが、驚きです。 まともに当たったのが1発だけとは」
「ばっかやろ! めちゃくちゃ痛ぇわ! 人に殴られた事ねぇのかよ!」
「残念ながら、その経験は記憶にないですね」
次々と容赦なく、俺に迫ってくるツルの大拳。
だが、あの勢いを出すには、伸ばしたままでは不可能のようだ。
俺が避けた後に、勢いを失ったツルは一度、魔方陣へと収縮している。
「ちょこまかと。 ハエのように動き回るのですね」
何度も攻撃を躱されて、苛立ちを表情に出すオリナ。
彼女は、最初の位置から1歩も動いていない。
余裕のつもりなんだろう。
そのおかげで、魔方陣の位置も変わらないので、なんとか動きを先読みして攻撃から逃れていられる。
部屋の面積を考えると、オリナのツルの大拳はデカすぎる。
ツルの【伸びる】という長所が活かし切れていない。
伸び縮みする距離が限定されてしまっているからだ。
それに――。
「あ、こら! 壁を乱暴に蹴るのではありません」
俺が、壁を足場にして蹴って、勢いよく攻撃をかわすと、オリナは怒るのだ。
それは、なぜか。
「ライゼス! あんた、古代文字は貴重なのよ。 蹴って崩したら承知しないわよ!」
カノンが、俺に向けてそう叫ぶ。
そういう事だ。 オリナにとっても、この壁に刻み込まれた文字は大切なものなのだ。
改めて観察しながら避けていると、オリナは一切壁には傷をつけていない。
これが、逆転の目にする事ができればいいのだがな。
しかし、カノンやつ・・・・・・。 自分の命も関わってんの分かってんだろ。 応援しろよ。
オリナと一緒になって説教してくる。
だが、俺にとってはこんな読めもしないもの、どーでもいい。
あとで、カノンからのお叱りは受けるかもしれないが、命には変えられない。
俺は、そのまま相手の隙を窺いながら、乱暴に逃げ回る。
「ちょ、ちょっと! そんなに思い切り踏み込まないでさい!」
俺は、これでもかと地面と壁を、まるで忍者のごとく駆け巡る。
オリナは、そんな俺の行動にあたふた。
カノンは、「もっとスマートにやんなさいよ!」と、怒鳴り散らしている。
「ライゼスさん、すごいですね。 4本の攻撃を見切ってるみたい」
エルミアちゃんだけが、俺の頑張りを認めてくれている。
「まぁ、アイツは冒険者としてはベテランだから。 歳を重ねたとはいえ、単純なタイマンならあの程度たやすいはずよ」
「カノンさんが、珍しくライゼスさんを褒めてます」
「べ、別に褒めてるわけじゃないわよ。 第3者からの正しい評価よ。 ま、価値観の乏しさはカスだけど!」
全部、聞こえているからなカノン。
精霊相手に、これだけ渡り合っているんだ。 もっと、甘々な態度を見せてもいいくらいだ。
「ライゼスさーん! がんばってぇ」
ぐるぐるの簀巻き状態のエルミアちゃんが、声援をくれる。
俺のやる気メーターは空っぽだが、良いところくらい見せたいという欲は上がった。
「ライゼスー。 もういいから、カタつけちゃいなさい。 その精霊も遺跡の崩壊は望んでないみたいだし、大した事ないわ」
「簡単に言うなよ! 避けるだけで精一杯で、距離は全然縮めれてないだろが。 お前こそ、なんとかしろよ! ポンコツ魔法使い!」
「ぽ!? 今、ポンコツって言ったわね。 よくもまぁそんな大口が叩けたものね。 借りがある事を忘れてるんじゃないかしら」
「借りの領域超えてんだよ馬鹿! 命張るなんて聞いてねぇだろ」
これだけの魔法を連続で使っているのに、オリナの魔力は尽きる様子がない。
精霊ってのは、どんだけ無尽蔵な魔力量なんだ! やってられないぞ!
「・・・・・・うるさいですねぇ」
オリナが、ぼそりと独り言ちる。




