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第八話・13

 和食の基本は一汁三菜というのは料理音痴の俺でも聞いたことがあったが、先生たちの作る夕食もその基本に則っていた。


 卵焼きの他におかずを二品作るが、そのうちの一つである肉じゃがを岸川先生が担当している。好き嫌いがないか確認して作ってもらっているが、特に苦手なものはないと言うと、先生たちは二人共嬉しそうにしていた。


「肉じゃがに入れる緑の野菜は、好みが分かれるところだからな。私の家族でもいんげん豆は苦手という者がいて、スナップえんどうを入れるようにしている。暑い季節になってくると、オクラを添えるのも良いが……海原、少し味を見てくれるか?」

「は、はい……」

「うふふ、海原くんったらそんなに緊張しなくてもいいのに」


 味見をするだけでもかしこまってしまうのは、小皿に少しだけ入れられた肉じゃがのつゆが、俺の嗅覚をすでに掌握してしまっているからだ。


 醤油とみりん、あとはだし汁でも入れるのだろうかというくらいしか肉じゃがの味付けについて想像の及ばない俺だが、そんなシンプルなものではない。


 両手で小皿を持ち、味を見る――その瞬間、俺は抑えようもなく目を見開いてしまう。


「美味しい……和風の味がメインですが、洋風の感じもするような……」

「うん、コンソメを少し入れているからな。肉じゃがには色々な隠し味があるが、やはり煮込み料理はコンソメの風味と相性がいい」

「肉じゃがとポトフの良いとこどりをしていて良いですね。海原くん、私も味見していい?」

「あ、えっ、いや……」


 俺が口をつけた小皿をそのまま使うのは――と遠慮している間もなく、杜山先生も味見をする。俺のほうを見ながら微笑みつつそんなことをしたら、小皿の口をつける場所に注意が向かない――俺が気にしすぎなんだろうか。


「あ、すごく美味しい。こんなに美味しいと、海原くんの記憶が岸川先生の肉じゃが一色になっちゃいそうね……私も頑張らなきゃ」

「そんなことはありません、海原は卵焼きが好きですからね……杜山先生の卵焼きに夢中になってしまうかもしれません。私がお弁当に入れていくと、とても喜んでくれますし」

「海原くん、そんなに卵焼きが好きなのね……じゃあ、今度私も卵焼きサンドを作って持って行こうかしら」

「では、またお昼にお誘いします。杜山先生も来られるときは、事前にお話しておいた方が良いですね。私はもう、お弁当を作って行く日は予め決めていますので」

「二人はそんなに日頃から仲良くしてたのね……私、お昼はほとんど保健室にいるので全然気が付きませんでした」


 何か手伝えないかと思ってここに来たのだが、こうして話しながらも二人はてきぱきと料理をして、同時に片付けまでこなしている。


「海原くん、何かお手伝いしてくれるの? じゃあ、卵焼きを焼いてみる?」

「い、いえ……自分でもやってみたことはあるんですが、上手く巻けなくて。もし良かったら、今日は先生が作るところを見てみたいです」

「うふふ、海原くんに見られてると思うと緊張するけど、それじゃ頑張っちゃおうかしら」


 割烹着の袖をまくるような仕草をして、杜山先生は濾してなめらかになった卵液を、油を引いたフライパンに流し込む――同時に何か火加減の調節をしているが、それもおそらく綺麗に焼くために必要なことなのだろう。


 熱した卵が泡立ってできる気泡を優しくも手早く菜箸でつぶし、一度巻いた後でもう一度卵液を流し込む。ふわっと香るだし入り卵の匂いはかすかに香ばしいが、表面はきれいな黄色で焦げ目がついていない。


「……海原くんったら。そんなに目をキラキラさせて……お姉さんも勘違いしちゃうわよ?」

「やはり、卵焼きの方が海原の心をつかめるようですね……杜山先生の手際には、私も見習うべきところはあります」

「いや、本当に凄いです。見ていても魔法みたいで……」


 じっと見ていても何をしているか分からないというのは料理音痴にも程があるが、あと何回見ても同じことはできそうにない。料理は一朝一夕にしてならずということを痛感させられる。


「じゃあ、次は海原くんにもお手伝いしてもらおうかしら。岸川先生、普通の卵焼きと、三つ葉を入れた卵焼きにしてみてもいいですか?」

「ええ、それはいいですね。彩りが豊かになりますし。では海原、三つ葉を切ってもらってもいいだろうか」

「は、はい。やらせてもらえるなら、ぜひやらせてください」


 杜山先生も俺にその仕事を頼むつもりだったらしく、楽しそうに見ている。岸川先生が冷蔵庫の野菜室から三つ葉を取り出してくる――俺はそれを軽く洗ったあと、どう切るべきなのかと考える。


「まず、根は切っておく。そしてあとの部分を小口切りにする……」


 岸川先生の指示通りにして、俺は包丁を手に取る。こうして包丁を使うのは久しぶりだ――それこそ調理実習のとき以来か。


「そうだ、添える手は丸めて……」

「っ……」


 横で見ていた岸川先生が、直接指南してくれる――俺の背中に寄り添うようにして。


 そんなふうにしては逆に危ないなんて理屈は、今はどこかに飛んでいってしまう。背中に惜しみなく、エプロン越しに女騎士先生の胸部装甲が当たっている――遠まわしな表現はもはや照れ隠しでしかない。


 俺に手本を見せるように、包丁をそっと受け取った先生は、トントンと三つ葉を切り始める。俺の意識はほぼ背中に集中していたが、それでも教えてくれる先生の気持ちを無駄にしてはいけないと、理性に活を入れる。


「さあ、ここからは自分で……」

「自分で……い、いいんですか……?」

「ああ、先生が見ているからな……そう、それでいい。すごく上手だ……」


 三つ葉を切っているだけで、耳元で甘く囁きかけられている状況――俺は本当に何をしているのだろう。


「……海原くん、やっぱり卵も焼いてみる? 私が二人羽織してあげる」

「杜山先生、それはやけどをしてしまう可能性がありますので……」

「はぅんっ、岸川先生だけずるいですよ? 私だって海原くんのことを褒めてあげたいんです」


 卵焼きは三つ葉を切るのとは難易度が違うので、今日のところは杜山先生にお願いすることになったが――杜山先生は拗ねてしまって頬を膨らませつつも、料理をしているうちに機嫌が戻ってきて、元通りの『女神先生』に戻っていた。


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