第七話・7
しかし岸川先生も杜山先生も、不思議そうな顔で俺を見ている。そんな目で二人してずっと見られていると、落ち着かなくなってくる――そして。
「……なぜ、これくらいのことが普通じゃないんだ?」
「生徒のことが心配で家に来るのは、普通のことでしょう?」
先生たち二人には、俺の言わんとすることが伝わっていなかった――いや、二人は本気でそう思っている。
俺に普通じゃないと言われても、それを真っ向から否定してくれている。
「お、俺以外が倒れたときも、先生たちはそうするんですか? しないでしょう?」
「水泳部の部員が休んだら、見舞いに行くことはあるかもしれない。しかし、親御さんも見ていてくれるからそこまで心配はないだろう」
「じゃあ、俺が家族と暮らしてたら来ないと……」
「そのときはそのときで、ご両親に連絡してお見舞いに来るかもしれないわね。ううん、絶対行くと思う」
「な、なんで……」
「だって……海原くんのことが、大切なんだもの」
「うん、海原は大切な教え子だ。生徒全員に同じように接するべきなのかもしれないが、一人ひとり個性があって、海原は海原だ。それでいいじゃないか」
俺は俺――他の生徒とは、違う。
それを特別扱いと言うんじゃないかと言ったら、俺が我がままを言ってるみたいだ。
何を言っても、先生たちは俺を包み込んでしまう。その包容力を前にして、俺はもう、強がりを言うことはできなくなっていた――それでも。
「……杜山先生と俺はまだ数回話しただけなので、『大切』っていうのは早いような気もしなくはないです」
「はぅんっ……岸川先生と一緒なら、言ってもいいかなと思ったのに。岸川先生、海原くんが意地悪を言います、指導してください! やさしく!」
杜山先生が半泣きで岸川先生に助けを求める――しかし岸川先生はほんのり顔を赤らめて、嬉しいのだが満面の笑顔は見せられないというような空気を出している。
「そ、そうか……私の方が付き合いが長いというのは、ちゃんと思ってくれているのか。杜山先生も、去年からちゃんと海原を餌付けしておくべきでしたね」
「え、餌付け……岸川先生が海原くんにそんなこと……」
「ま、まあ……最近は、岸川先生のお弁当を食べさせてもらってないので、このままフェードアウトかもしれないなとは思っていたんですが」
「なっ……何を言うっ、私は海原がテスト前で大変だと思って、連絡を取ることを控えていたんだぞ! 私が何のために、あの格好で図書室に……っ」
「図書室……? 海原くん、岸川先生と図書室で何かしてたの?」
「っ……ち、違……」
岸川先生はつい勢いで言ってしまったようだが、つくづく思う。この人は、嘘がつけるような人じゃないんだと。
「俺には心当たりはないですね。美人の先輩と一緒に勉強はしましたが」
「そうなの? 私も図書室に行けば海原くんと……ううん、先生が一緒に勉強なんてしてたら目立っちゃうわね」
「………び、美人の……そう、言ったのか……?」
岸川先生は顔を真っ赤にして、何か言いたそうに口をぱくぱくとしているが、ほとんど声になっていない。
「それで、その美人の先輩って、どういう子なの?」
「っ……も、杜山先生、生徒のプライベートに立ち入ってはいけません」
「あっ……海原くん、もしかして彼女さんができたとか……ううん、そんなことないわよね。海原くん、目がきらきらしてるもの。こういう子は、女の子と遊ぶことを覚えちゃった悪い子じゃないと先生思います」
「目で分かるものなんですか……俺、目つきは相当悪いですけど」
「ちょっと鋭い目をしてるだけよ。それは、睨まれちゃったら先生もドキッとするかもしれないけど、普段はそんなこと全然ないもの」
「私もそう思う。さて、海原……そろそろ食べやすい温度になったと思うから、私が作ってきたおじやを食べるといい」
岸川先生がおじやの乗ったトレイをこちらに持ってくる。そして、蓋を開けてくれる――すると、ふわっと優しいダシの香りが広がる。
先生が作ってくれたのは、細切りにした根菜などの具が入った、彩り豊かなおじやだった。夕食を食べてなかった俺は、それを見ただけで腹が鳴る――その音が先生たちに聞こえてしまい、二人とも笑う。
「お腹が空いているかと思って作ったが、二つ作ってきて良かったかもしれないな。好きなだけ食べたら、残りは私たちが食べよう。冷蔵庫に入れておいてもいいが、やはり作りたてが一番なのでな」
「もちろん全部食べてもいいのよ、全部海原くんのために作ったんだから。あっ、岸川先生のおじやだけでお腹いっぱいにしちゃだめよ、私の分も食べて?」
「は、はい……まず、岸川先生のおじやから……」
レンゲは普段、自分から使おうとしない食器だ――岸川先生が見つけてくれたらしい。米はあるが食材は冷蔵庫にはなかったはずだから、先生たちが用意してくれたのだろう。
感謝しながら食べなくては、とレンゲを手に取ろうとすると、岸川先生にひょいっと取り上げられてしまった。
「そんな顔をするな、意地悪をしているわけではない。はい、あーん……」
岸川先生がおじやをレンゲですくい、こぼれないように片方の手で受けながら、俺の口元に差し出してくれる。
「せ、先生、それは……」
先生と生徒の境界を破壊しかねない行為だ。世間的に見てルール違反ではありませんか。そう言うべきだと思うのだが、先生の優しい目を見ていると、抵抗の意志が失われてしまう。
食べさせてもらいたい。甘えたい。その胸に飛び込みたい。弱っているときは自分でも呆れてしまうほど、素直なことばかりが思い浮かんでしまう。




