第七話・8
「……どうした? そうか、まだ少し熱いか。ふーふー……これでどうだ?」
フーフーと冷ますときの響きが、耳をくすぐる。というより、そうやって冷ましたものを食べるというのは、考えてはいけないのだが間接的な何かと変わらない気がする。
杜山先生まで緊張して見守っている。恥ずかしいのか両手で顔を覆っているが、ばっちり指の隙間が見えていて、視界を遮っていない。
俺の方がずっと恥ずかしい。そう思いつつ、俺は観念して口を開ける。岸川先生が食べやすいように、レンゲを傾けてくれた。
「……熱くはないか?」
「んっ……は、はい、丁度いいです。凄く美味い……」
こうなるかもしれないとは分かったが、ひとりでに涙が出てきた。俺の弱点であるところの家庭を感じる料理を口にすると、勝手にそうなってしまうのだ。
全く情けない限りだ――せめて自分で涙をどうにかしようと思うが、岸川先生がハンカチで目元を押さえてくれる。また涙腺が刺激されるが、もうこれ以上は見せられない。
「いいんだぞ、お姉ちゃんの前で泣くのは恥ずかしいことではないのだから」
「お姉さんもそう思うわ。海原くん、私のおかゆも食べてね……はい、ふーふー」
杜山先生もおかゆを持ってきてくれる。そして岸川先生と交代で、おかゆを冷ましてから差し出してくる。とろとろとした卵と一緒に粥を口に入れると、昆布だしが程よく聞いていて、ほぐした梅の風味が泣かせる味を出している。文字通り、食べながら泣いているのだが。
「ああ……美味い。すみません二人とも、俺は一体何を強がっていたんでしょう」
そう素直に言えるくらい、二人の作った料理と優しい言葉は俺の心を溶かしてしまった。意地など張りようがない、今なら何を聞かれても言ってしまいそうな状態だ――そんな時に限って、二人は俺の弱いところを突いてはこないのだが。
「岸川先生、海原くんがこうなるって分かっていて、ご飯を作っていたんですか?」
「さあ……それはどうでしょうか。海原、ほら、涙を拭いて。風邪が良くなるまで、お姉ちゃんたちが存分に甘やかしてあげるからな……ふーふー」
「底のほうからすくうと、まだ熱いみたいね……ふーふー。海原くん、あーん……」
代わる代わる食べさせられて、身体の中から温まっていく――この分なら、身体が良くなるどころか、風邪を引く前よりも元気になってしまいそうだった。
◆◇◆
食事を終えたあと、先生たちが身体を拭いてくれると言ったが、それは丁重に辞退した。体力が回復してきているのに、そこまでお世話をさせるのは申し訳ない。
しかし俺が風呂から上がってきたあと、当然とでもいうかのように、岸川先生と杜山先生も順番で風呂に入った。
自動で湯が張れるとはいえ、風呂の準備をしてくれたのは先生たちだったので、文句は言えない。流されていると言われたら否定できないのだが。
「じゃあ、電気を消すわね。海原くん、おやすみなさい」
「せ、先生。本当に泊まるんですか……?」
「明日学校に行けるかどうかを確かめなくてはいけないのでな。杜山先生に車で送ってもらうにしても、三人の方が説明もしやすいだろう」
口を挟むことはしないが、二大女神と車で通学とか、見られたらまた半端じゃなく噂が立ちそうだ。しかし俺と先生たちが世間に発表できない関係にあるとか思われさえしなければ、学校の上層部がけしからんと目くじらを立てる事態にはならないだろう。いざとなれば素直に俺が風邪を引き、二人の救助を受けたと説明するだけだ。事実なので何も問題はない。
杜山先生が明かりを常夜灯に切り替える。先生たちには俺の母親が使っている部屋で寝てもらうことにしたが、大丈夫だろうか。少し前にちょっとした用事があって部屋の掃除をしたので、寝るだけなら大丈夫だとは思うが。
眠くなる風邪薬を飲んだわけじゃないのに、泥のように眠くなってくる。
先生たちが同じ屋根の下にいる。そう思うだけで、俺は安心してしまっている。
だからといって、一人暮らしが急に寂しくなるということもないだろう。
そのうち考えごともできないほどの眠気に襲われて、目を開けることができなくなる。
今日はやっぱり冷える。まだ、布団をしまうには早かったか。
明日に備えて、今は眠る。少しくらい寒くても、寝られないほどではない。




