第七話・6
次に気がついたとき、俺は自室のベッドに寝かされていた。
「ん……」
額に濡れたタオルが置かれている。それを外して起き上がると、制服ではなく、寝間着に着替えさせられていた。
「岸川先生、風邪のときは卵の入ったおかゆがいいんです。とろとろに柔らかくして消化をよくしたら、あとはアサツキをぱらぱらっとして、彩りもきれいに……」
「いえ、こういったときはおじやが一番です。柔らかくなるまで煮た根菜を入れることで、足りない栄養を補わなくては……」
部屋の外から声が聞こえてくる。
杜山先生と、岸川先生。なぜ俺の家にいるんだろう。鍵が開いていたのだろうか。そもそも鍵を閉めた記憶がない。
二人が何かを話しながら部屋に入ってくる。そして俺が起きていることに気づくと、揃って今にも泣き出しそうなくらいの顔をする。
まずい、こちらも泣きそうだ。二人にきっと迷惑をかけたに違いないのに、感謝とか恥ずかしさとか、自分に対する情けなさとかそういうもので胸がいっぱいで――どうにもできない。
「海原……っ、良かった、目が覚めたんだな」
「一時はどうなることかと……お医者さんに診てもらうことも考えたんだけど、きっと風邪を引いちゃったんだと思って、お薬を飲ませて休んでもらったの」
二人は俺の机に持ってきてくれた盆を置いて、こちらにやってきた――家から来てくれたのか、二人とも学校にいるときとは服装が違う。
「すみません、俺、家に帰ってきたところからよく覚えてなくて……」
「まったく……心配したぞ。電話をしても全く出ないから、これは何かあったのではないかと思ったのだが……」
「それで岸川先生が、私に相談してくれたの。海原くんは一人暮らしだから、何かあったら大変だって……そしたら、玄関で海原くんが倒れてるんだもの。二人してびっくりしちゃって、とりあえずお着替えをさせて、その後もいろいろしてたんだけど……」
「っ……杜山先生、その、色々というのは、内緒にしておこうとお話を……」
「あっ……ご、ごめんなさい。海原くんの身体を拭いたりしただけで、本当にそれだけなのよ。やらしい……いえ、やましいことは何もしてないわ」
「そ、その言い間違えはちょっと……」
杜山先生が真っ赤になり、連鎖して岸川先生も赤面する。こんな顔をした二人と自分の部屋で一緒にいるというのが、照れるというか無性に落ち着かない。
「え、ええと……岸川先生は、どうして俺に電話を……?」
「実は、空野から連絡があってな。海原と一緒にバイトをしていたが、疲れているようなので声をかけてあげてほしいと言われて電話をした。空野も、海原のことを気にかけていたようだな」
やはり空野先輩には気づかれていた――隠せていると思っていた自分が、今さら恥ずかしくなってくる。
「す、すみません、本当に。二人とも忙しいのに、こんなに迷惑かけて……」
「迷惑なんて、私たちは思っていない。ただ……これでは君を放っておけない。ときには遠慮せず、人を頼ってみてはどうだ?」
「部活のこととか、色々お願いばかりしちゃってごめんね。私、海原くんが目覚めないあいだに、ずっと考えてたの。海原くんに吹奏楽をやってほしいって言うことで、あなたに負担をかけてたんじゃないかって……」
「それは……全然、負担とかには感じてません。杜山先生は、何も悪くないですから」
上手い言い方が見つからないが、負担に思うとか、そういうことは絶対にない。
俺なんかをそこまで必要としてくれることを有り難いと思うし、同時に申し訳ないとも思う。俺は、今さら先生の勧誘にイエスと言うことができないから。
「俺は、中途半端で……自分で自分のこともしっかりできないで、早く自立して一人で生活できるようにしたいとか、漠然と考えてるだけで。やってることはただ勉強してバイトをしてるだけで、人間として成長できてないんです」
言ってしまってから気がつく――こんなのは、決して先生に聞かせるべきではない、ただの泣き言だと。
「……君が完璧すぎたら、きっと私たちはこうしてここに来ることもできていない」
「そ、そう……岸川先生の言う通りよ。海原くん、大人をもっと頼っていいのよ。私たちは先生で、海原くんより長く生きてるんだから」
「い、いや……風邪を引いても、先生が看病をしに来てくれるなんてことは、普通の先生と生徒じゃないですよ」
ついに、言ってしまった。先生と俺の距離感は、普通じゃない。
そう言ってしまったら、これまで通りではいられなくなる。俺が岸川先生との間に設けたルールは、守られていないことになるから。
これで先生たちも、今までのように俺に甘くしてはくれなくなる。それが当然で、自然なことだ。俺たちは先生と生徒なのだから。




