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第七話・1

「海原くん、うちの部員の子たちを助けてくれてありがとう!」


 そうなるかもしれないと予感していた通りだった――吹奏楽部の女子に勉強を教えた翌朝、俺は放課後に、杜山先生からメールで呼び出されて保健室にやってきていた。


「大したことをしたわけじゃないです、宿題を忘れて困ってるみたいだったので、先生を怒らせるよりはいいかと思って」

「また、そんな言い方して……海原くん、すごく丁寧に教えてくれたって言ってたわよ。いつもちょっと怖いイメージだけど、話してみたら違ったって。海原くんの優しいところが分かってもらえたら、人気者になっちゃうわね」

「さすがに勉強を教えた相手を悪く言ったりはしないんじゃないですか。初めはかなり怖がられてましたし」

「怖いっていうより、海原くんにはオーラがあるから、オーラのない人はびくびくしちゃうのかもって言ってたわ。私は海原くんのことが怖いって思ったことはないけど」


 杜山先生はふわふわとした優しい雰囲気で、おっとりとした口調だが、確かに俺を前にしても身構えたりということが全くない。


 岸川先生に会うまでは、全ての女性から敬遠され、避けられるものだとばかり思っていた。杜山先生は俺が周囲に対して張っていると思っていた壁を、全く気にせずに接してくれた二人目だ。


「楽器の演奏でも風格というか、自分の世界を持っているっていうのが強みになるのよね。ステージに出てきただけで空気を変える人っているでしょう」

「……俺も空気を変えがちなタイプなので、部活に勧誘したいと。そういうことですか?」

「あぅん……いい流れだと思ったのに、手強いんだから。このっ、このっ、先生の気持ちを手のひらの上でころころするのはやめなさいっ」


 杜山先生が俺の胸をつついてくる――すごくくすぐったいというか、こんなスキンシップを他の男子にもしているのだろうか。


「あ、あの……杜山先生、そうやって他の人にも……」

「あっ、違うのよ、あんまり海原くんが意地悪だから、つんつんしたくなっただけ。私だってね、そんなふうに見えないかもしれないけど、肉食系……? なんだから」


 先生は明らかに草食で、前世はおそらく牧場でのんびり草を食んでいるあの動物だったりしないだろうか。つまり乳牛なのだが、物凄く失礼な考えなので、頭に思い浮かべることさえ自重すべきだ。胸が大きいと凄いというのは俺の立場の見方であって、岸川先生は肩が凝るのか、ときどき自分の肩を揉んでいることがあるくらいだ。


「海原くんはいい子だって分かってるから、先生も安心してつんつんできるの。他の子にしたら、先生何してるんですか、って怒られちゃうでしょ?」

「ま、まあ、俺も物申したくはあるスキンシップですが……」


 俺なら大丈夫と思われすぎてもいけない気がする。何しろ、俺の胸をつつくとき、先生の胸も上下に弾んでいるのだ。


「吹奏楽部は女の子ばかりだけど、海原くんならみんな入ってもいいって思ってくれてるし、もう一度一緒に演奏したいって言ってくれてるのよ。どう、気になってきた? モテモテの海原くん」

「い、いや、モテてないですからね。モテるっていうのはそれこそ、断っても断っても下駄箱にラブレターが入っていたりとか……」

「ふふっ……今って、下駄箱に手紙を入れたりするのかしら? 私が高校生のときは、そんなこと……いえ、一度だけあったわね」

「先生にもそんな青春が……」

「学年が上がるとき、クラスが別になっちゃった友達に手紙を送ったの。女の子って手紙が好きじゃない、スマートフォンが便利でもそれは変わらないっていうか」


 先生の高校生時代を想像する――今と変わらなかったのか、当時は今ほどの暴君ではなかったのか。気になりはするが、知る機会はそうそう来ないだろう。


「……私も高校のとき、吹奏楽をやってたの。それで、先生になってからも顧問になれて、凄く嬉しかった」

「そうだったんですか。先生は、ここのOGなんでしたっけ」

「ううん、県内の別の女子校に通ってたの。でも、岸川先生は私の学校でも名前を聞くくらい有名だったのよ。一個上の、すごい競泳の選手が姉ヶ崎にいるって言われてて」

「俺も、現役のときの岸川先生を見たかったですね。いや、水着姿を見たいとかじゃないんですが。本当ですよ」

「うふふ、いいのよ。海原くんってそういうことに全然関心がなさそうだから、逆にえっちなところを見せてくれた方が安心できるもの」


 エッチな話というほどエッチでもないが、そちらの方面の話についても許容してくれる――やっぱり先生は「女神先生」だ。


「あ……で、でもね、えっちな話ばかりはだめよ、先生もあまり良くわからないから、相談に乗れることって少ないかもしれないし……保健体育理論なら教えられるけど」

「だ、大丈夫です。保健の授業はもう無いですし……」

「……本当? じゃあ本当に身についてるか、先生がテストしてあげましょうか……なーんてね。はぁ~んっ、海原くんに教えられるような科目があったら、私ももうちょっと先生の威厳を出せるのに。ちっちゃいって損よね」


 小さいというのは、先生の身長のことだ――気にしていたとは気づかなかったが、確かに岸川先生と比べると小柄で、雰囲気もあどけなさがある。


「杜山先生は、岸川先生に憧れてるんでしたね」

「そう、だから岸川先生が顧問をしてる部活を、吹奏楽部で応援したいって思ったのよ」


 何とはなしに振った話題に、杜山先生が全力で乗っかってくる。迂闊だったかと少し思うが、先生の言ってること自体は、とても良いことだと思う。


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