第六話・6
「……なあ」
「は、はいっ……」
「な、なんでしょう……?」
「数学の課題なら……見せてもいいぞ。後でちゃんと、自分でも解くならな」
普通に話そうとするだけで、声に無駄な力が入って、二人を怯えさせてしまう。
純とは普通に話せても、それはあいつの人懐っこさが異常なだけで、それ以外のクラスメイトとはまともに話すことすら難しい。
内心の動揺に反して、おそらく俺の顔は怖くなっていくばかりだ――このままでは遠慮されてそれで終わりになってしまう。
「……いや、やっぱり今のはなしだ。課題を見せるから、後のことは自由にしてくれ。とりあえず一限目を乗り切れれば問題はないだろ」
俺は先生でも何でもないので、頭の硬いことばかり言っていても仕方がない。
それでも「他の子に見せてもらうから大丈夫」という話になるだろうと、半ば諦めていた。
一度で何かが変わるなんてありえない、継続が力だというなら、少しずつ――。
「あ、あの……見せてくれるんですか? ノート……」
――二人の中で、より俺を怖がっているように見えた女子が、恐る恐るという様子で言う。それを見て戸惑っていたもう一人も、驚きに開いた口を押さえて言った。
「うそっ、海原くんのノートが見れるの? 学年でも二位とか取ってる人の?」
「二位まで上がったのは一年の時に一度きりだから、今はそこまででもない」
「うちらより全然凄いよ、二人そろって安定の二百番台だもん」
「ちょっ……そ、そういうことを大きい声で言わないでよ、まだみんな来てないからいいけど……ご、ごめんね海原くん、私たちみたいのが迷惑かけて……」
「迷惑ってことはない。そこまで身構えなくていいんじゃないか」
「そうそう、海原って話してみるとそんなに怖くないからさ」
そろそろ来てくれるかと思っていたが、まさに丁度いいタイミングだった。純が話に入ってくれたおかげで、場の空気が和らぐ。
「困ったことがあったら、焼きそばパン一個で何でも聞いてくれるし」
「俺はそんなに安くないぞ……で、純も課題をやってないのか。昨日帰って勉強してたんじゃなかったのか?」
「それが、親父が買ってきたゲームを妹と一緒にやる羽目になってさ。そんなわけで、俺もノートを見せてもらえると寿命が伸びるんだけど?」
「まあ、好きにしてくれ……後で自分でも解いておけよ、試験範囲に入るぞ」
三人がうわ、という顔をする――純も女子二人とそこまで大差ない成績なので、もうちょっと危機感を持つべきではないかと思いはする。
「……あ、あの、海原くん、ここの式は……」
「ノート見せてもらっても分からないって致命的すぎない? 我ながら駄目だわ、うちら……はぁ~、海原くんの頭脳が欲しい……」
「俺もそれは常日頃から考えてるんだけど、なかなかボディチェンジはできそうにないんだよな。俺が海原で海原が俺でみたいな」
「最悪だなそれは……ここの展開が飛んでて分からないのか。全部書いてると試験で間に合わなくなるから省略してるが、ここはこういうことだ」
「うわ、すご……何これ、魔法? 授業でこんなこと言ってた?」
「言ってたような言ってなかったような言ってたような……」
「海原、なんかテクニック使ってるだろ? 俺にも教えろよ、テクニシャン。それとも数学の魔術師って言った方がいいか?」
「そんなに余裕でいいのか? もうすぐ先生が来る時間だぞ」
最初は茶化すようなことばかり言っていた三人だが、そろそろ急ぐべきだと気づいたのか、俺の説明にちゃんと耳を傾けてくれる。
「お、おい……インテリ……海原が、何かやってるぞ」
「何かやってるって、勉強教えてるだけだろ」
「……海原くん、いつもとちょっと違くない? なんていうか、雰囲気が……」
「う、うん……なんか違うね。あんなに喋ってるところ、初めて見るよね……」
何か話をされてるようだが、すぐにイメージが改善するわけでもないから、千里の道も一歩からというところだろう。
――海原くんがいつも一人で勉強しているなんて、勿体無いと思います。だって、こんなに教えるのが上手なんですから。
石川先輩の言葉が思い出される。自分が教えるのが上手いかどうかはわからないが、純も、初めてまともに話す女子二人も礼を言ってくれた。
「あ、ありがとう、海原くん……教え方、めっちゃ分かりやすかった」
「ほんとにほんとに。いつも適当にごまかしてたところが、今日はしっくりきたっていうか、見事にハマっちゃったっていうか、海原くんの形にされちゃったっていうか」
「その言い方には問題があるが、分かったなら良かったな」
「「うん!」」
何だこいつら、やたらと仲がいいな――と思いつつ、二人が席に戻っていくのを何とはなしに見ていると、純が肩に手を置いてきた。
「いや、まさか海原が朝からナンパをしてるとはな……次からは俺も仲間に入れてくれよな!」
「勉強を見るのをナンパとは言わないんじゃないか?」
「何言ってんだよ……まず女子の勉強を見るっていうだけでコミュ力半端ないだろ。俺にどうやったか教えて欲しいのですが?」
「そうだな……毎日宿題をやっておけばいいんじゃないか?」
純はそれはできないと言わんばかりの表情に変わり、すごすごと退散していった。
やがて担任の先生が入ってきて、ホームルーム前の挨拶が始まる。
そして着席したあと、俺はふと、さっき勉強を教えた二人の顔について、見覚えがあることに気がつく。
あの二人、話したことはなかったが、気合を入れて記憶のページをめくってみると、なんとか関連する情報を探し当てることができた。
俺があの二人を見たことがあるのは、去年の文化祭まで遡る。
吹奏楽部の助っ人として、飛び入りで参加したときのこと。あの二人は、クラリネットとテナーサックスを担当していた。
つまり彼女たちは、杜山先生率いる吹奏楽部の部員だった。
※お読みいただきありがとうございます!
ブックマーク、評価、ご感想などありがとうございます、大変励みになっております。
次回の更新は6月1日(土曜日)を予定しています。




