第六話・1
ゴールデンウィーク明けの中間試験を控えて、4月下旬から試験期間に入った。
姉ヶ崎高校は進学校ということもあり、試験期間で帰りが早いからと放課後の空き時間をまるまる遊びに費やすような生徒は少ない。
「帰りに駅前のシンデレラバーガー寄ってかね?」
「いいね、ついでに勉強して帰りにゲーセンでも行くかー」
クラスの男子も女子も連れ立って帰っていく。誰かの家に集まって勉強をするグループもあれば、教室に残っていく人もいる。
「海原、今日は勉強してくんだよな?」
「ああ、そのつもりだが。純はどうする?」
「うちの下の妹が、鍵っ子で留守番してっからさ。面倒見ながら勉強するしかねーっつーか……海原に教えてもらえば、試験対策バッチリだってのに」
一年のときは純の家に行って勉強をしたこともあるが、確かに小学生の妹がおてんばなさかりで、結局遊びに付き合わされたものだ。上の妹というのは純とは双子で、この高校に通ってはいるものの、兄妹仲がそれほど良いわけではないらしい。
俺には離れて暮らしている姉がいるが、何というか極めて優秀と言うほかない姉で、弟としては会うだけで戦々恐々とするような相手だ。純の家のように普通に接することができる兄妹関係が羨ましくもある。
「歴史とか現国とかやる日は教えてくれよ、その日は何としても学校に残っていけるようにするからさ」
「俺もバイトがあるから、都合を合わせられるか分からないぞ」
「できたらでいいよ、俺ももしかしたら女子に勉強に誘われたりして、泣く泣く友情を裏切ることになるかもしれないしな」
確かにそういうことも無いとは言えない。しかしモテたいと言っているわりに純は目立った行動は起こしていない。委員会が出会いのチャンスだとか、部活帰りの女子を狙うとか色々言っていたこともあるが、結果が出てはいないみたいだ。
「なんだよ急に黙っちゃって、冗談だって。俺が海原を裏切るなんてあるわけないだろ?」
「いや、それは全然構わないんだが。彼女ができそうな気配でもあるのか?」
「それが全くなんだよね。ほら、理想は高い方が夢があるじゃん?」
純はそんなことを言っているが、何だかんだで真面目というか、奥手なのだろうかと思いもする。全く人のことは言えないが。
「あ~、女騎士先生が勉強教えてくれたりしたら最高なのにな。杜山先生もいいけどな、俺も一年のときは保健室の常連だったんだよ。最高だよなぁ、二人とも……」
お前もか、と言いたくなるが、そう言うと俺が杜山先生と何かあると言っているようなものなので、今はとても言えない。やはり姉ヶ崎高校の二大女神は生徒たちの憧れであって、俺にとっても本来そうあるべき存在だと思う。
前は週二回ペースで岸川先生の手料理を食べられたが、それを当たり前と思ってはいけないし、家庭の味が心に染み渡っていても、その中毒性――もとい、病みつき――もとい、深みにはまりすぎてはいけない。
「海原も学校で潤いを見つけろよ、限られた時間を有効に使わないと。それじゃな」
「ああ……気をつけて帰れよ」
俺の肩に手を置き、純はひょいひょいと軽い足取りで帰っていった。家では妹煩悩というか、良い兄貴的な振る舞いをしていたので、素直に偉いと思う。
「あ、あの……海原くん……」
「ん? あ、ああ、どうした?」
クラスの女子が声をかけてくるが、見るからに恐る恐るという態度だ。罰ゲームで俺に声でもかけさせられたのだろうか。
「おーい、何してんの。置いてくよー」
「あっ……ま、待って、すぐ行くから。ごめんなさい海原くん、また……」
またと言われても、全く話が読めない。
勉強を教えてくれとか、いかにも勉強のことしか頭になさそうな俺は、ごくたまに言われることはある。だが実際に教えるところまで行ったことがない。
俺が勉強を教えたのは純くらいだ。赤点を取らずに済んだと喜んでいたようなレベルなので、俺が教えたからといって効果があるかは判然としないが。
◆◇◆
俺は図書室にやってきて、自分で勝手に定位置と決めている、奥の方のテーブルに座った。
特に参考書などを借りたりはしない。最新の試験対策をやりたいなら塾にでも行くべきだし、学校の試験で結果を出すには授業でやったことを完璧にさらえば済むことだ。まあ一人でやってると眠くなるんだが、家よりは集中できるからな。
試験期間でもバイトには入っているので、閉門時間より少し早く帰り、帰宅途中にコンビニに立ち寄る。二時間でもシフトに入ってくれるとありがたいと言ってもらえて俺も助かっている。
一応純と一緒に勉強するかもしれないということで、純の苦手科目はまだ手をつけずにおく。俺は全ての科目がさほど苦手ではないが、あえて言うなら家庭科が苦手だ。一年の間しか授業がないので、今は苦しまずに済んでいる――料理下手を何とかしろとは思いつつも、岸川先生に甘えてしまっている。
それに、杜山先生にも。部活に勧誘したいからというだけじゃなくて、俺を餌付けしようとしている節もあるが、どちらにせよ俺は甘やかされてしまっている。
あれから何度か部活に勧誘されたが、そのついでにほぼ毎回、杜山先生の家にご飯を食べに来ないかと誘われていた。




