第五話・9
「そうですか、岸川先生は去年から海原くんとお弁当を……」
「は、はい……海原は一人暮らしで、食生活に無頓着だと知ってから、気になってしまって。迷惑をかけないよう、他の生徒には見られないところで昼食を摂っています」
校門の前で話をしていると人目につくので、私たちは学校とは少し離れた場所にある河川敷にやってきて、そこで話をしている。駐車場もあるので、杜山先生はそこに車を停めてきていた。
「……海原は先生たちがご飯を作ってくれるのは、少し戸惑ってるんじゃないかと思います。大人の女の人たちで……その、おっぱいも大きいですし」
「はぅんっ……お、おっぱいが大きい女の人は、海原くんのお世話をしようとしちゃ駄目なの……?」
「だ、だから……海原はそんなことは気にしていない。体育の時に海原と一緒に準備体操をしたときも、胸が当たっても何も言わなかった。海原は純真だから、そういうことにはまだ感心がないのも不思議ではない」
「そ、そうですよねっ、海原くんはいい子だから、そういうことで人を差別したりしないですよね。岸川先生がいてくれると心強いです」
私より杜山先生の方が、心なしか胸が大きいように思うのだが、彼女も海原を家に招いたとき、やましいことなどは無かったようだ。
やはり海原はとても真面目な男の子だと思う。少しくらいは私や杜山先生に関心を示したほうが、思春期の男子として自然ではないかと思いはするのだが。それは教師が、例えでも考えるべきことではないのだろうか。
「……海原も大変ですね」
「そうだな……これからバイトと言っていたから、無事に間に合うといいのだが……ど、どうした? その呆れたような顔は」
「……そんな顔はしてません。何でもありませんから」
いつも表情の変わらない空野が、珍しく呆れているように見えたのだが、空野は元の表情に戻って首を振る。
「海原くんのこと、車で送ってあげたいですけど、自転車が学校に置きっぱなしになっちゃうので、それは奥の手にしないといけないですね。あまり遅くなるようなら、またコンビニまで迎えに……あっ、空野さんがいれば大丈夫かしら」
「わ、私は別に、海原と一緒に帰ったりしませんから……」
「そうなのか……しかし、空野も海原と同じところでバイトをしていたとはな」
「……黙っていたことは謝ります。秘密にしていたのは、その……私、あまり海原とは喋ってないし、仲が良かったのも昔のことなので……」
「昔っていうことは、しばらくは会ってなかったっていうこと? 中学校が違ったとか?」
「……中学校も、海原とは一緒でした。でも、学校が一緒だっただけです」
男女の幼馴染みということなら、常に一緒というわけではなく、一時的に距離を置くこともあるのかもしれない。
「しかし……空野も今は、海原を気にかけていることに違いはない」
「……それは……そういう部分もありますけど、海原の迷惑になるので……」
「空野さん……ううん、奈々海ちゃんも海原くんのことが気になってるのなら、もっと素直になった方がいいと思うわ。二人はきっと、すれ違ってるだけだと思うの」
「……先生が海原を甘やかしすぎっていう話をしてたのに、私の方が心配されてるのは、ちょっと嫌です」
空野に釘を刺されて、私も杜山先生も顔を見合わせる――そして、笑い合う。
こうしてみなければ気が付かなかったが、きっと私たちは、海原に対する気持ちが近い方向を向いているのだと思う。
「空野も海原に対して、私達とそう違うことを考えているとも思えないが……」
「二人のわだかまりが解けるように、私も奈々海ちゃんを応援してるから」
「……もう、知りません。そんなこと言われても、急に仲良くなんて……」
空野はそう言うが、私からすれば、彼女の気持ちは分かっているようなものだった。
海原と空野の間にあるわだかまりが解決するよう、可能であれば助力をしたい。私が海原のお姉ちゃんであることは、それとは別として変わらないつもりでいるが。
「……ところで先生たちは、海原のどういうところが気に入ったんですか?」
「それは……彼が、周囲から想像されているよりもずっと……」
私は答えてしまいそうになってから、はっと気がつく。空野もそうだが、杜山先生も興味津々という顔で見ている。
「そんなに見られると話しにくいのだが……い、いや、やはりこういったことは、個人の胸に留めておくべきではないか」
「そ、そうですよね……すみません、岸川先生が海原くんとどういうふうに出会ったのか想像したら、自分のことみたいに緊張しちゃって。奈々海ちゃん、海原くんって昔はどんな子だったの?」
「っ……今言った通りで、私は海原とは、そんなに接してなかったので……」
空野はもっと小さな頃から海原を知っていたと思う。小学生の海原――それを想像して可愛いと思うのはいけないことなのだろうが、彼が十歳くらいのときに会っていたら私もまだ高校生なので、同じ学生ということではそれほど罪のない想像かもしれない。
高校の頃の自分を思い返す。当時は空野と同じようにひたすら水泳に励んでいて、クラス委員や文化祭の実行委員をしていたので、部活と学校行事のことはいくらか思い出すことができる。
「同じ学校にいるのだから、折角なら仲良くした方がいい。お節介かもしれないが、私はそう思う」
「……会って挨拶をしたりするだけでも、十分です。海原をわずらわせたくないので」
空野は頑なだが、すぐに解決しようというのは難しいこともあるのだろう。杜山先生はというと、私の言ったことに思うところがあるようだった。
「そうですよね……同じ学校にいるってすごいめぐり合わせですよね。やっぱり私、しつこいって言われても諦めません。岸川先生、ありがとうございます」
私は彼女の笑顔を見ていて思う――杜山先生が海原を吹奏楽部に勧誘しているのは、私に近い感情があってのことなのだろうと。
それを駄目だというつもりもなく、私は一つのことを考えていた。同じ学校にいるからできること。私がこの学校の卒業生だからできること。
海原がどう思うか分からないが、私は私なりに彼のためにできることがしたいと思った。
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