第三話・3
「せ、先輩、俺って他の生徒からの評判悪いし、そんな奴を運んでるところを見られたら、先輩に迷惑をかけることになる」
「そんなこと、気にしない。『インテリヤクザ』って言われてても、海原が不良だなんてみんな思ってないから」
空野先輩は、教室で浮いている普段の俺を見ていないからそんなことが言えるのだ。
昨日は純がいなくて、昼食を一緒に取る相手がいないために、購買でパンを買って誰も居ない校舎の屋上で食べた。
ぼっち飯なんてクラスでは俺だけだ――人と上手くやれない俺でもコンビニのバイトは何とかできているが、接客と友達を作ることとでは訳が違う。
しかしそれも全部、言い訳だ。俺は空野先輩に、格好悪いところを見せたくないと思っているだけだ。
俺と一緒にいて、空野先輩の評判に悪い影響が出ては申し訳ない。俺と一緒にいたくらいで、うちの学校の水泳部のエースであり、三年でも最高クラスの人気を持つ彼女が、支持を失うことなどありえないのだが。
「……いっぱい色々考えてる?」
「っ……せ、先輩、近い……っ」
いつもはこれほど間合いの中に入ってくる人ではないのに、今日は違う。
俺が怪我をしているから、空野先輩は気遣ってくれているのだ。それなら、ここでずっと彼女の申し出を断り続けて、色々な人に見られることの方が問題だ。
「遠慮しなくていいよ、私、体力あるし。昨日バイトだったから、ちょっとだけくたびれてるけど」
「……本当にすみません」
「また敬語になってる。それに、謝らなくていい……昨日の部活で岸川先生に聞いた。海原は体育で頑張って足を痛めたって」
部活の時間に、先輩は顧問の岸川先生と話す機会がある――だから、そういう話が出てもそこまで不自然ではない。
しかし、空野先輩が、岸川先生と俺のことを話していたということ自体が、何か無性に落ち着かないというか、恥ずかしくなってくる。
「評判が悪いって言うけど、ちょっと勉強しすぎで雰囲気がギラギラしてるだけで、ヤクザってほどじゃない」
「せ、先輩も、俺のことをそう呼んでたじゃないですか」
「噂で聞いたから、試しに呼んでみただけ。あんまり海原には合ってなかった」
この人は――本当に、掴みどころがない。俺に対して関心が無さそうで、けれどそんなふうにからかってみたりして、結局そこに悪意は無くて。
「……そろそろ乗って。説得するの、疲れてきたから」
投げやりな言い方だが、いつも素っ気ない先輩が俺を気にかけてくれているだけでも感謝しなくてはいけない。
「……海原のお父さんお母さんからも、よろしくって言われてるし」
「い、いつの間にそんな話を……」
うちの両親は、近所に住んでいる空野先輩が、ずっと俺と仲が良かったものだとばかり思っている――それで父親が海外に転勤し、母親がついていくときに、おそらく先輩に挨拶をしていったのだろう。
親は放任主義ということもあり、俺のことを誰かに頼んでいくとは思えなかったということもある。俺自身、小学校の後半からずっと疎遠になっていた先輩と、もう一度こうして話せるようになるとは思っていなかった。
近所に住んでいて年が近いというだけで、ずっと子供の頃のような交流が続くというのは、きっと珍しいことだ。
「……だから、任せて? そんなに気にしなくていいから」
「じゃ、じゃあ……お願いします」
「ん」
一文字にしか相当しない短い返事だが、それだけで優しい響きだと思ってしまう俺は、間違いなくチョロい部類に入るだろう。
先輩が今の今まで座っていた自転車のサドルに跨る――と、あまり気にしていると変態っぽいので、なるべく考えないようにする。
「…………」
先輩はどうやって押したものかと考えているようだったが、俺の隣を歩いて、背中を押してくれるという形になった。俺は松葉杖でバランスと取りつつ片足でペダルを漕ぐ。歩くよりは確かに早いが、やはり上り道は大変だ。片手でハンドルを持たなくてはならず、腕の力も要る。
「せ、先輩、やっぱり……」
「……大丈夫。転ばないように気をつけてね」
先輩はこのやり方を非効率だとは思っていないみたいだ――背中に触れている手がだんだん熱くなってきていて、彼女も明らかに息が上がっているのに、押すことはやめようとしない。
せめて、先輩に後で何かお礼をしなくてはいけない。そんなことを考えつつ、普通に歩いて登校している生徒とすれ違う。やはり視線は感じるが、腹をくくってしまえばあまり気にならなかった。
「…………」
先輩が、一言も発しなくなる。
元から口数が少ないが、完全に沈黙されると落ち着かない。しっかり前を見ていないといけないが、後ろで押してくれている先輩に意識を持っていかれる。
そして、しばらくして先輩の手が微妙に動いている気がして、くすぐったくなってくる。何というか、何かを確かめている感じの手付きだ。マッサージや指圧とまではいかないが、無視できない心地よさがある。
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