第三話・1
先生はお酒を飲んでいたので車で送ってもらうわけにもいかず、俺は先生の部屋のベッドを使うように提案されたがさすがに遠慮し、畳敷きの部分に布団を敷いて寝た。
タクシーを呼んで帰ることもできたかもしれないが、やはり先生のことが気がかりだったのでそれはしなかった。朝まで様子を見ていないといけないような危なっかしさがあるというか――そんなことを言ったら先生はさらに落ち込んでしまうだろうが。
「はぅぅ……私、先生としてとてもいけないことをしてしまったような……生徒を家に送っていくって約束したのに、お泊まりをさせちゃうなんて。後で運転しなきゃいけないのに、ついお酒に手が伸びちゃって……」
「身体のこともありますし、お酒はほどほどがいいと思いますよ」
「……怒ってない? 私のこと、やんちゃな先生だって思ってるでしょう?」
「思ってないですよ。むしろ、俺の方が色々謝らないといけないと思ってますし……」
「え……な、なに? やっぱり部活の見学には行けないとか、そういうこと?」
先生は俺に裸を見られたことについては、朝になるとそこまで気にしている様子でもなかった。
それはそれで寂しい気もするが、先生が恥ずかしがっているところを見て喜ぶというのもどうかと思うので、平和で良かったと思うべきなのだろう。
「吹奏楽部のことは、今日にでも来てとかそういうことは言わないわ。押してだめなら引いてみろって言うしね。本当は引くっていうか、気持ちは引っ張っていきたいくらいなんだけどね」
「……熱心に誘ってもらって、すみません」
「ううん、いいの。先生は、部活のことだけで海原くんのサポートをしたいって思ったわけじゃないのよ。海原くんがいい子だから、応援したくなるっていうか……」
先生は運転するときは逆光が気になるのか、色付きの眼鏡をかけている。いつもあどけなさを感じる先生の横顔が大人びて見える――助手席から見ると先生のスカートからすらりと伸びた白い太ももが目に入り、昨日よりも少し短めのスカートに変わっていることに気がつく。
「海原くん、先生のファッションチェックしてない?」
「あ……す、すみません先生、当たり前ですが、昨日とは違う服なので……」
信号待ちの停車の間に、先生がこちらを見る。先生は眼鏡をずらして、その下の瞳を悪戯っぽく輝かせて俺を見た。
「海原くんのこともチェックしてあげる。朝シャワーを浴びたから、髪の毛がさらさらね。今日もかっこいいわよ」
「っ……い、いえ、全く俺はそんな、かっこいいとかそういうことは……」
「ふふっ……そういう反応はかっこいいより、可愛いなのよね」
天然なところがあってほんわかとした先生だと思っていると、こうやって不意を突かれる――やっぱり杜山先生は、大人の女性だ。
「うーん……どうしましょう、これ以上学校に近づくと、他の子に見られちゃうかしら……海原くんが私と朝帰りしたなんて噂になったら、説明するのが大変そうね」
「おかげさまで足はもう大丈夫なので、ここからは歩いて行きますよ。ここまで送ってもらっただけでも、十分助かりました」
先生はそうは言っても、と心配そうに俺を見るが、俺は彼女を安心させるために笑ってみせた。先生も分かってくれたようで、申し訳なさそうにしつつ微笑む。
「本当は学校まで行きたいけど、海原くんに迷惑がかかっちゃうものね……」
「波風は立てないのが一番です。次の信号で止まってるうちに降りますね」
「ええ、気をつけてね。もし痛くなったら、すぐに私を……あっ、まだ連絡先を交換してなかったわね……私のバッグの中に名刺ケースがあるから、出してくれる?」
「は、はい……それじゃ、失礼させてもらって……」
先生のハンドバッグを開けて、最初に目に入ったのは財布だった。そして化粧ポーチが入っていて、手帳などが入っており――内ポケットに何に使うかわからないが、おそらくルージュのようなものと、鏡などが入っている。
「あ……これですね。凄い、吹奏楽部の顧問としての名刺なんですね」
「ええ、部活の子たちに連絡先を伝えたり、コンクールで他の学校に挨拶をするときのために作ったの」
俺も吹奏楽部の部員たちと同じで、学校で接点のある人として連絡先を教えてもらえる――そういうことだ。
「それじゃ、この名刺を一枚……」
「それは学校の用事で使うアドレスが乗っているだけだから、もう一つのアドレスをメモしておいてね」
「え……い、いいんですか?」
「友達に教えるために作ったんだけど、財布にアドレスの載ってるシールが入ってるの。財布を開けていいから、それを出してみて」
人の財布を開けることはまず無いので、緊張しつつも財布を開ける――先生の言う通り、細長いシールタイプのメモに、アドレスが書き込まれていた。
「大学の時に作って、全部使わないうちに卒業しちゃったの。ごめんなさい、男の子は可愛いシールとかは使わないわよね」
「名刺に貼っておく分には、便利だと思います。それに女の人が可愛いものが好きっていうのは、大人になっても変わらないものなんじゃないですか。俺はいいと思います」
「……やっぱり、海原くんは……」
先生は何かを言いかける――だが、事前に言っていた通りの信号までやってきて、ちょうど赤信号になり、先生は車を停車させた。
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