第二話・9
湯船に浸かるときは髪を上げていたのか、タオルで髪をまとめている。首筋に濡れて貼り付いている髪が、余りにも艶やかに映る。
「……ごめんなさい……わたし……もう、だめかも……」
「先生、大丈夫です! 俺が必ず助けて……」
「……もう……のぼせちゃって……」
「……え?」
湯気は濃いが、出しっぱなしのシャワーの温度はぬるい。
俺は先生を一旦床に寝かせて、湯船に手を入れてみた。大理石でできている広い浴槽に張られているお湯は、俺の体感では結構熱めだと感じた。
先生は顔だけでなく、身体まで真っ赤になっている――湯気の中で、仰向けになっても重力に抵抗している双子の山が、先生の安らかな呼吸と一緒に上下している。
「……外に出して……お風呂の……冷まして……」
それを俺にやれというのですか、先生。思わすそんな情けないことを言ってしまいそうになる。足が怪我してるとかはこの際気にしている場合じゃないが、それ以前の倫理的な問題だ。
緊急事態なので、これは不可抗力だ。俺は熱気に当てられ、さらに先生の裸を目の当たりにして、こちらまでのぼせそうになってしまっているだけで、やましいことは決して考えていない――しかし女神とまで言われる先生の無防備な姿を前にして、そんなふうに割り切れるようなものでもなく。
保健室では不慮の事故で持ち上げてしまった胸が、俺の目にさらされている。紅潮した白い肌が水を弾いて、珠のようなしずくが伝っている――と、喉を鳴らしてしまいそうになって目をそらした。このまま直視してしまったら、知らなかった感情が目覚めてしまう。
「……んん……お母さん……」
「っ……先生、すぐに助けます!」
そんなことを言っている場合じゃない。これが火事場の馬鹿力というやつか、俺は先生を抱き上げて脱衣所まで運び出し、ひたすら無心で介抱に励んだ。
◆◇◆
まずタオルを敷いて先生を横たえ、感触がわからないように身体をざっと拭き、水を飲んでもらった。
そこで先生が意識を取り戻す兆しが見えたが、俺は傍を離れるわけにもいかず、傍らで待機していた。
先生の方を見ないように、俺はフェイスタオルを借りて自主的に目隠しをしている。さすがに意識のない人に服を着せることはできそうにない――しかしこのまま待っているのも何というか、理性が危うい状態が続いている。
「……あつい……」
「せ、先生……大丈夫ですか。水を飲んだ方が……」
「……拭いて……汗……」
先生が起きてさえくれれば、この試練も終わるというのに。しかし、先生の訴えを聞かないわけにもいかない。
俺は身体を拭くためのタオルを持ってくる。そして目隠しをしたまま、先生の身体を覆っているタオルを剥がす。
「……ここ……お願い……」
「(うわっ……!)」
思わず叫んでしまいそうになる。大声を出しては近所迷惑だとあさってなことを考えるが、それくらいでとても冷静になれない。
先生が俺の手を取り、柔らかいものに押し当てる。その弾力はプリンか、それともババロアか。ブラマンジェでもパンナコッタでもなんでもいい。
目隠しをしていると逆に感覚が鋭敏になる。先生がタオルを受け取って自分で拭いてくれるなんてこともなく、俺は自分の意志で拭かなくてはならず、とても冷静でいられない。
「……ここも……おねがい……」
あまりにもあまりな状況だ。しかし心を無にして、求められた場所を拭くしかない。先生はとてもくすぐったがりのようで、それでも濡れたままでは風邪を引くと自分でもわかっているようで――そんなふうによそ事を考えていないと思考回路が焦げ付きそうだ。
「……こっちのほうも……」
目隠ししているのでよくわからないが、もうこれ以上安全に拭ける場所がないような気がする。
こっちがどっちなのかも分からない――俺は自分でしたことだというのに、目隠しを外さなくてはならなかった。
そして目隠しをずらした瞬間、全ての思考を失う。
杜山先生はまだぐったりしている――辛うじて両手で胸をカバーしたその姿を見て、俺は目眩を覚えた。
「……汗……拭いて……」
「っ……は、はい……」
意識が危ういとはいえ、先生が俺の助けを必要としている。胸が大きいと拭きにくいところができてしまうので、しっかり水分を拭わないと汗疹になってしまいかねない。
これは必要なことで、俺の欲望などの介入する余地はない。役得と一瞬考えることすら自分に許してはならないが――認めよう、自分が聖人にはなれないのだということを。
◆◇◆
今日の記憶は、明日の朝になったら消さなければいけない。
目を覚ましてから可哀相なくらいに慌てふためき、俺に土下座をする勢いで謝る先生をなだめつつ、とっくの昔に終バスが行ってしまっていることに気づくのだった。
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第二話はここまでとなりまして、明日の更新から第三話となります。
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