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お姉さん先生は男子高生に餌づけしたい。  作者: とーわ/朱月十話
第十三話 定期演奏会とソロパート
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第十三話・2

 定期演奏会に向けて練習をするため、俺はその日の帰り、コンビニに寄ってバイトのシフトを調整してもらった――テスト前もそうだが、かなり融通をしてもらっている。


「……あれ? 次の土曜、バイトのシフトが変わってますね」

「空野さんが、次の県大会に向けて練習したいっていうから。他の時間が短いところに移ってもらったのよ」


 そういうことなら仕方ない。県大会は地区大会より厳しい試合になるだろうし、先輩がバイトに本格復帰するのは難しいと分かっていた――前に一緒になっただけでも、かなりの奇跡だ。


 先輩に会うためにバイトをしてるわけじゃない。今まで滅多にシフトは一緒にならなかったし、それが当たり前だった。


 なのに空野先輩とのわだかまりが無くなった今となっては、一緒にバイトに入れたらと期待してしまう。


 そんな浮ついたことでは駄目だ。バイトはバイトで、空野先輩の部活の邪魔になるようなことはしてはいけない。考えるべきは、水泳部をサポートすることで間接的にでも先輩の力になることだ。


「空野さんも、本当はシフトそのままが良かったと思う。私が大人の心配りをしてる部分はあるから、それは申し訳無かったけどね」

「そうですか……って、何の心配りですか」

「それはもう、空野さんが気持ちよく仕事をしてくれたらお姉さんも嬉しいっていうだけよ。他のシフトで一緒になったときも私がちゃんと見てるから、あまり心配しないようにね。疲れてるようなら、私にできる限りのことでいたわっておくから」


 店長も空野先輩を応援している。俺もシフトが変わったくらいで寂しいと思っていないで、先輩のためにできることを考えたい。


 しかし、コンビニからの帰り際。暮れなずむ道の中で、岸川先生からのメッセージが届く――今日は朝の挨拶も来ていなかったから、こちらから送っていいものか考えているうちに放課後になってしまった。


 岸川先生:海原、元気にしているか?

 自分:はい、元気です 先生もお元気そうで何よりです

 岸川先生:ありがとう 私は身体の丈夫さが取り柄だからな


 交差点の信号待ちのうちに、俺は道の脇に寄ってメッセージのやりとりをする。


 朝のメッセージのやりとりが無かっただけで、久しぶりのように感じてしまう。それくらい俺の学校生活は、岸川先生を中心に回ってしまっていて――そう、考えたとき。


 岸川先生:すまない

 岸川先生:しばらく練習に集中するため、少し連絡を控えめにする

 岸川先生:臨時マネージャーの仕事はしばらく頼まないから、他のことに時間を使ってくれると嬉しい


 考えることはあった。今の大事な時期に、俺がマネージャーとして参加することで、本当に水泳部のためにプラスになるのだろうかと。


 みんな快く迎えてくれた。空野先輩も気力は充実しているように見えた――しかし本当に負けられない試合が近づくほど、緊張感は増していき、水泳部の空気も張り詰めたものになっていく。


 自分:分かりました

 自分:いつでも俺にできることがあったら連絡してください

 岸川先生:本当にすまない

 岸川先生:では、おやすみ あまり勉強に根をつめすぎないように

 自分:大丈夫です、俺も丈夫が取り柄ですから


 風邪を引いて看病されておいてそんなことを言っても、説得力がないと分かっている。


 しかし文章を見るだけでも、俺は――どこか岸川先生が、無理をしているように思えてならなかった。


 少しでも元気を出して欲しい。そのために俺に何ができるのか。


 けれど、臨時マネージャーとして求められていることも今は無い。試合が終わるまで邪魔をしない、それも一つの応援だと言えなくもない。


「……何に言い訳してるんだ、俺は」


 信号が青になる。俺は自分がどこに立っているのかに気がつく。


 先輩と一緒に帰ったときに差し掛かった交差点。彼女と一緒に行ったスーパーが見える。


 気がつけばすぐに遠くなってしまう。


 しかし俺は、本気の勝負の世界にはいない。負けてしまったら終わりの場所から逃げて、負けないことに安心を求めた。


 杜山先生たちにソロを吹くように勧められても、応じられなかったのは――俺が、一度逃げてしまった人間だからだ。


 また、信号が赤になる。一歩も進めないでいるうちに――でも。


 このまま立ち止まっていたいなんて、言われるがままに岸川先生たちと距離を置きたいなんて、俺は全く思ってはいなかった。


 ◆◇◆


 翌日の放課後も、俺はパート練に出た――風上先輩に呼ばれて、バイトまでの時間を練習に当てることにした。


 楽器を演奏しているときは、他のことを忘れられる。定期演奏会は二時間あり、演奏する曲の数も多い――三人で確認しながら、一曲ずつ仕上げていく。


「海くん、すごい集中力……鬼気迫る感じっていうか。何かあったん?」

「……何もないですよ」

「っ……ご、ごめん。あたし、先輩なのに海くんに引っ張ってもらってばかりで……」

「……私も、吹けないところをカバーしてもらって……海原先輩、迷惑ですよね……」


 二人の様子を見て気がつく。


 俺は「普通に答えたつもり」と言い訳をして、今は苛立ちを言葉に込めてしまった。


 岸川先生に、空野先輩に、今俺ができることは何もないのか。


 マネージャーを頼まれて、何かできると思っていたことが勘違いだったのか――過去の練習の記録までノートにまとめて、この選手は何が苦手で、どんなときに力を出せるかを分析して――それを岸川先生に伝える機会自体が与えられなかった。


(違う、そうじゃない。俺は怖がってるだけだ、俺が水泳部のために何かを考えたりするのは必要ないと言われてしまうことを)


「……すみません。俺、外の空気を吸ってきます」

「あ……」


 このまま出ていってはだめだ。それじゃ、俺が嫌いな俺から何も変われていない。


 雰囲気だけで怖いと第一印象を持たれて、それを変えられないで、与えられたイメージの通りの人間になっていく。


 そうなってしまったら、吹奏楽部に参加すること自体何も良い方向に向かわない。同じパートの二人を萎縮させることは絶対にしてはならない――だから。


「迷惑だなんて思ってない。だから……二人は謝らなくていい。悪いのは、俺です」

「……海くん」

「……海原先輩が、戻ってくるまでには。ちゃんとできるように、練習します」


 俺は頷き、立ち上がる。半ば逃げるように教室を出る――そして。


「ふむっ……!?」

「んっ……良かった、海原くん、ちょうど出てきてくれたわね」


 待っていた杜山先生に、正面から受け止められる――俺の肩に片手を置き、もう片方の手で頭をぽんぽんと撫でてくれながら、先生が微笑んでいる。


「杜山先生……俺……」

「……海原くんが続けて練習に来てくれて、すごく嬉しいと思ってる。でもね、少し心配なことがあるの。海原くんもそうだけど、少し自分を追い詰めちゃってるように見えるから」

「……俺もっていうことは……他の、誰かも……?」

「今日、岸川先生を見かけたけど、彼女もとても張り詰めていて……私、先生と相談したいことがあったんだけど、その時は声をかけられなかったのよ」


 やはり、何かがあった。岸川先生が、杜山先生と廊下ですれ違っても気が付かないほど、心を揺らすことがあった――それは、おそらく。


「きっと……岸川先生は、次の試合に向けて緊張が増しているんだと思います。空野先輩もバイトのシフトを減らしていて、練習に集中したいって……」


 ――こんなことじゃいけない。駄目だと分かっているのに。


「だから俺は、二人に近づかない方がいい。本気で勝ちに行くのに、俺みたいな水泳の素人ができることなんて……俺はプールでも溺れて、岸川先生に助けられて、マネージャーらしいことなんて全然……っ」


 これじゃ、俺は杜山先生にすがってるみたいだ。自分にできることはあるはずだと思いたいのに、それを余計なことだと言われてしまうことが怖くて、せめてこの気持ちを誰かに分かって欲しいと思っている。それは俺の弱さで、独りよがりなエゴに過ぎないのに。


 杜山先生だって呆れるだろう。いつも強がってる俺が、こんな情けないやつだと知ったら、失望する――だから、どれだけ優しく抱きとめられても、離れなくてはいけない。


「……海原くん、岸川先生も空野さんも、この夏に賭けていると思う。でも、それで海原くんを遠ざけようとしてるなんてことは無いわ。ううん、一緒にいたら甘えてしまいそうだから、そういう意味に取れてしまうことは言うかもしれないわね」


 俺の言葉が足りなくて、全部を伝えられていないのに、杜山先生は汲み取ってくれる。


 先生は俺の顔を胸に埋めてくれる。こんな所を誰かに見られたら――そんな危機感は、ちっぽけなものに感じられる。


 どこまでも安心できる。自分の情けなさも、取り乱したことのバツの悪さも――自分の駄目な部分に向き合えるように、心が変わっていく。


「でも、本当は海原くんが二人を思ってくれていること、岸川先生たちは改めて知らなくちゃいけないと思うわ。海原くんと距離を置くよりも、悩んでいることを見せあったほうが、強くなれるはずだもの……私がこうしている間に、海原くんから元気をもらってるみたいにね」

「せ、先生……俺なんて、全然……」


 杜山先生は微笑み、俺の頭を撫でる。そして俺を離すと、顔を赤らめて襟元を整えながら言った。


「これは、荒療治が必要みたいね。岸川先生にも、空野さんにも……海原くんにも。そして、私たちにもね」

「……先生? 荒療治っていうのは……」


 杜山先生はスマートフォンを取り出す。


 そして彼女が電話をした先は――プールで水泳部の指導をしている、岸川先生その人だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 母性愛の塊は正義、でしょうか? [気になる点] 杜山先生は、岸川先生に何を提案されようとしているのでしょうか? [一言] 次回の更新も、楽しみにしております。…
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