86話 紅と黒
「お腹いっぱいなのです♪」
そりゃそうだろ。
一人で三人前も食べればな……
「ルーナさんは、食欲が旺盛なんですね」
サクヤよ。
オブラートに包んで言わんでも、素直に大食いと言っていいんだぞ。
まあ、そんなことはさておいてだ。
「サクヤ、例の話の続きをしたいのだがな」
「あ! そうですね」
しかし皆の前で、転移だの転生だのの話は不味いよな。
「ミラベルさん。クロムさんと話があるので部屋を貸してもらえますか?」
「別にいいけど、何の話?」
「僕と、って言うより、リュートと話したいらしいんで……」
「ああ、それならここじゃ不味いわね。地下の部屋が空いてるわ。右側を使いなさい」
「ありがとうございます」
「済まんな」
リュートとはたぶんサクヤの召喚魔の名前だろう。
召喚魔同士で話しをしたいという理由なら、何の疑問もないだろうし、炎のドラゴンなら、本だらけのこの部屋で召喚されても困るだろう。
上手く話を持っていたな。
多少は機転が利く男のようだ。
とは言え……
「ルーナも行くのです」
「ルーナは食後のデザートにしましょう。パウンドケーキがありますよ」
「うっ……ル、ルーナは行かないのです。ケーキを食べるのです」
ミラベルを誤魔化しきれてる訳でないな。
現に、こうやってルーナを止めてくれている。
どんな事情なのかも、詮索するつもりはないようだ。
ヴィオはと言えば……
「ケーキと言ったら黒炎酒だよな」
意味不明だな。
とにかく飲みたいだけだろ。
しかしルーナは、あれだけ食ってまだケーキとか、どうなってるんだ?
甘いものは別腹とは言うが、ルーナの腹は何個あるんだ?
牛の生まれ変わりだな、きっと。
「見ているだけで腹がいっぱいになりそうだ。サクヤ、地下へ行くぞ」
「……え? あ、はい」
ルーナがケーキをパク着く姿を見て呆然としていたサクヤと共に、店の奥にある階段を降りる。
地下の部屋は石造りだった。
鍵のかかった大きく頑丈そうな箱以外は何もない。
これなら炎のドラゴンでも、炎そのものでも大丈夫そうだ。
「召喚しますか?」
「いや……まだいい。先に少し話をしよう」
とりあえず一人づつだな。
一気に二人では話の整理がままならん。
しかし何だな。
石造りの薄暗い地下室に、黒装束の若者と黒猫。
まさに黒ずくめだ。
「サクヤと言うのは、本名なのか?」
「はい、そうです。黒須咲夜、20歳、大学生です」
「なん……だと?」
「あっ! この世界に来てから一年経つので、21歳です。それに元、大学生ですね」
いや、そんなことはどうでもいい。
何なんだそのかっこいい名字は。
「その“くろす”ってのはどう書くんだ?」
「えっと……白黒の黒に、須藤とかの須、と言えば分りますか?」
「あ、ああ」
「ちなみに“さくや”花が咲くの咲に、夜です」
むうぅ……
フルネーム全てが無駄にかっこいいな。
同じ黒だと言うのに、俺の名字なんて……
黒子だぞ。
この名字のおかげで、散々だったからな。
黒子だから存在感がないとか、黒子君だとか……
しかも名前は銀次だぞ。
サクヤのようにとは言わんが、もう少し何とかならなかったのか?
いや、俺はまだいい。
兄貴に至っては……
金太だぞ!
両親は何を考えて付けたんだ?
弟がいたら銅三にでもなってたんじゃないのか?
兄貴がコミュ障になったは、完全に名前のせいだな。
小学生の時なんて“ほくろキンタマン”ってあだ名だったしな……
「あの……クロムさん? どうかしました?」
「ん? あ、いや、何だ。なんだか色々と思い出してな……」
「そうでしたか……日本を、元の世界を思い出してたんですね、分かります!」
うむ……
サクヤは何か微妙に勘違いしているようだが、否定はしないでおこう。
「ところで、その腰の剣だが、日本刀に見えるが……」
「たぶん、というか日本刀ですね。この世界に転移したらに、何故か握ってたんです。最初から召喚術式の印もありましたね」
何だその特典は?
よくあるチートの一種なのか?
「ありがちな、神様による説明とかは無かったのか?」
「無いですね。クロムさんは?」
「無かったな、何も……」
「そうですか……」
「ああ……」
「…………」
「…………」
よくあるネット小説のように、神様からの説明やら、チートの恩恵なんてのは無いようだ。
俺的には充分すぎるほどチートだがな。
しかし、俺のような召喚魔への転生ならまだしも、サクヤのような転移者に何の説明すらないとはな。
「大変だったろ」
「ええ……でも、この世界の知識は、ある程度は植え付けらてましたから」
説明なしで頭にはインプット済みとはな。
それはそれで酷いな。
「どうでもいい事だが、その刀に名前はあるのか?」
「ええ、まあ。勝手につけたんですけどね」
そうだろう……そうだよな。
日本刀なら、やはり名があったほうが恰好がつくよな。
「紅夜叉丸と名付けています」
べに……やしゃまる?
やしゃまる、は“夜叉丸”だろうが、べに、は“紅”だよな。
柄も鐔も鞘も黒いんだが……
「全てが黒だが、なぜ“紅”なんだ?」
「今に分かりますよ」
まさか……刀身が赤なのか?
そうなのか?
そうなんだな!?
タイトルは、赤と黒/スタンダール より拝借




