64話 上等の肉を喰べる猫
懐かしいズッカの街に帰って来た。
懐かしいと言っても、たった二泊しただけだな。
しかし、俺はズッカ以外に宿泊したのはこれが初めてだ。
センテラの森の時でさえ、ヴィオの店で寝ていたからな。
大通りをゆっくり進んでいた馬車は、ジャコモの事務所へ向かう路地の前で停まった。
「俺たちはジャコモの店に寄って行くから、グラシアたちは先に帰ってもいいぞ」
せっかく金が入ったんだ、借金はさっさと返さんとな。
いつまでも借金をしているのは性に合わん。
俺の借金じゃないが……
「別に今日でなくても……あとでゆっくりでも良かったんですぜ」
事務所に着くと、扉の鍵を開けながらジャコモがそう言った。
なんでここで言うんだ?
事務所の前で言われてもな……
「なんだ? なるべく多く利息を取ろうって魂胆か?」
「い、いやいや……そういう訳では……」
「冗談だ。とにかく中に入ろうか」
お前の事務所だしな。
「では、借金を返そう。確か残りは3万レオネだったな」
「は、はい。そうです」
俺は異空間に収納していた白金貨“四十枚”をカウンターの上に出した。
「クロムさん。十枚多いですぜ」
「駄賃だ。とっておけ」
「駄賃って……」
1万レオネを駄賃と言うのは、さすがに恰好付け過ぎたか。
「もともと6万レオナだったのを、5万にしてもらったはずだ」
「えっ? ええ、まあ……」
元金は知らんが。
「その時は金がなかったが、今はある。だから満額払ってやろう」
「いや、しかし……」
「それに今回だって、お前はただ働きなんだろ?」
「まあ……そうなりますね」
「だから駄賃として貰っておけ」
「いや……でも」
「でもも何もない。これで借金はチャラだ、証文を渡してもらうぞ!」
「は、はいぃ」
ジャコモは事務所の金庫から、ルーナの父親の証文を取り出して俺に渡した。
「ルーナ、これで借金は無しだ。証文は燃やすぞ」
「はい♪ なのです」
魔法で証文を燃やすと、証文は灰となって床へと落ちて行った。
これで借金生活は終了だ。
ジャコモの事務所に来る必要もなくなったな。
とは言ってもズッカは広い街ではない。
「また何かあったらよろしくな」
「あ……はい、こちらこそ何かあったらお願いします」
「ではルーナ、帰るとするか!」
「はい、なのです!」
事務所を出ると、アムール通りは夕焼けに染められていた。
ちらほらと客も歩き出す時間のようだ。
「クロム! お腹が空いてきたのです」
腹が減ってるのはお前だけだ。
俺はまだ腹なんて空いてないぞ。
「今日は久しぶりのおかみさんの料理だ。大鍋亭まで我慢しろよ」
「ぐぬぬ……わかったのです」
あわよくば、屋台で何か食う魂胆だったようだ。
しかしまあ、屋台大好きっ娘だな。
いや、食い物大好きっ娘か。
ドジっ娘設定はどこ行ったんだ?
どっちかというと“食う寝る娘”だよな。
騙されたか……?
「たっだいま! なのです♪」
ルーナが元気よく大鍋亭の扉を開けると、食堂にはいつものメンバーが待ち構えていた。
「遅かったじゃねぇか! 酒の準備は出来てるぜ♪」
ヴィオもいるのか……
宴会は嗅ぎ付けるのが早いな。
準備が出来てるっていうか、お前はもう黒炎酒を手にしてるんじゃないのか?
すでにテーブルには、おかみさんが腕によりをかけた料理がたくさん並んでいる。
「お腹空いたのですー!」
屋台の食べ物を、涎を垂らしそうなほどに眺めながら歩いてきたルーナには、酒より先に飯だな。
「何でも好きなだけ食べな! たくさんお金が入ったんだろ?」
おかみさんが厨房から声を掛けてきた。
相変わらず商売上手だな。
「では、素材の換金を祝って、かんぱーい!」
なぜだ?
なぜかザンバが乾杯の音頭を取っている。
お前がこの場を仕切る必要性があるのか?
まあ、その前に誰も聞いていないな。
特にルーナは乾杯前から料理に夢中だし、ヴィオの至ってはだいぶ前から飲んでるようだしな。
「クロム、ご苦労様。これは私とザンバ、そしてドーリからよ!」
そう言ってグラシアは俺の前に皿を差し出した。
皿の上には高そうなステーキが乗っている。
「クロムのおかげで、俺たちもやっと一端の冒険者になれたぜ! これは感謝の気持ちだ、食べてくれ!」
そんなことはないぞ。
俺のおかげでは……
いや、俺のおかげだな。
遠慮なく食わせてもらうとするか!
「おおっ! これは美味いな」
「当たり前だ、最高級の黒毛牛だぞ。ズッカじゃこれ以上の肉は手に入らんぜ!」
いやぁ……
この霜降り加減が、元日本人としては最高だな。
「クロムは何を食べてるのですか? ずるいのです! わたしにも食べさせるのです!!」
「あっ! ちゃんとルーナの分もあるから……」
さすがグラシアだ、気が利くな。
しかし、ルーナは本当に大食ら……いや食欲旺盛だな。
育ち盛り……なのかな?
タイトルは、上弦の月を喰べる獅子/夢枕 獏 より拝借




