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吾輩は召喚魔(ねこ)である  作者: 画猫点睛
第一章 ズッカ編
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21話 暗躍行路

 この世界には中原と呼ばれる場所があり、そこには大小様々な国が存在する。

 その中心をなす三つの王国を、人々は中原三大王国と呼んでいる。



 中原三大王国の一つである、ルーナ達の住むイリニア王国。

 そのイリニア王国最大の都市の名を王都イリオンと呼ぶ。

 その名の通りイリニア王ラウド一世の住まう、中原有数の栄華を誇る都市である。

 丘に囲まれた放射状に広がる美しい街並みの中心には、王の居城がそびえ建つ。


 その美しい街を見下ろす丘に、貴族や富豪、国の重職を担う者たちが住む一画がある。

 クロムやルーナが大鍋亭で盛り上がっている夜と時を同じくして、丘の上のとある屋敷の一室で二人の男が密談をしていた。


 

 

「何か飲むかい? 葡萄酒ワインでも蜂蜜酒ミードでも、そう林檎酒カルヴァドスもあるぞ」


 屋敷の主であろう男は、グラスを片手に高級そうな革張りの椅子に腰掛けながら、相手の男にそう言った。

 思いのほか若く、そして精悍な顔立ちをしている屋敷の主の前には、それより年配に見える男が気まずそうに立っている。


「いえ、私は結構ですので、どうぞお構いなく…」


 年齢とは違い、上下関係はあきらかに屋敷の主の方が上のようだ。


「そう、でも酒はともかく座ってはどうだい?」


「いえ……いや、では座らせていただきます」


 どうやら彼は緊張しているようだ。いや、委縮しているといった方が正解だろう。

 しかし委縮するなと言うのは無理であろう。

 屋敷の主からは、彼が委縮するには充分の威圧感が湧き出ていた。


「で、結果はどうでした?」


「その……実験としては成功と言えるかもしれませんが、人的損害を与える事は出来ませんでしたので、失敗と言えます」


「ふむ、つまり高濃度の“魔素塊ダークボール”による魔物の異常化には成功したが、それによって被害を与えることが出来なかった。という事でいいのかな?


「あ……はい、その通りでございます」


「具体的に報告してくれるかな?」


「はい。まずスライムの方ですが、クイーンスライムの異常化とそれによるスライムの大量発生までは成功したのですが、村に損害を与える前に討伐されてしまいました」


「まあ、所詮スライムですからね」


「次にジャイアントアントの方ですが、こちらも女王蟻アントクイーンの異常化に成功し、驚いたことに獅子王蟻アントライオンの卵を産ませることが出来たのですが……」


「ですが? そこまで出来てどうしたのです?」


獅子王蟻アントライオンが孵化する前に、アントどもが討伐されたようで、獅子王蟻アントライオンが魔力切れで餓死したものと思われます」


「なにやら歯切れの悪い言い方に聞こえるのは、気のせいかな?」


「も、申し訳ございません。実は獅子王蟻アントライオンの死骸を冒険者が持ち帰った為、正確なところはどうにも……」


「まあいい。しかし、そんな強力な冒険者がいる場所で実験するなんて、君にしては少々不用心だったのではないかな?」


「いえ、いちばん近いズッカのギルドには、そのような者はいないはずなのですが、偶然――」


「偶然にも、強力な冒険者がそこに来ていた……と」


「そ、そういう事になります」


「偶然……ね……」


 屋敷の主は彼の報告に一抹の疑問が生じたようだが、それ以上彼を問い詰めることはなかった。



「まあいいでしょう。このまま実験を続けてください」


「はい。かしこまりました」


 屋敷の主はそのまま自分の思考の中に入ってしまったようだ。

 男は帰ることも出来ずに、困惑気味に屋敷の主を見つめ続けた。



「おや? まだいたのか」


 彼の視線に気が付いたのか、屋敷の主は怪訝そうに言い、そして思い直したように言い直した。


「ああそうだった。結界が張ってあったね」


 屋敷の主は面倒そうに呪文を呟き、また思考に中に入っていく。


「それでは失礼します」


 もはや聞こえてはいないだろう相手にそう言い残し、男は闇に溶けこむように消えていった。


 男が消え去ったあと、屋敷の主は誰に言うともなく呟く。



「世の中の出来事に“偶然”など無いのだよ」



 予期せぬ出来事を、人は偶然と呼ぶ。

 しかしそれは偶然と言う名の必然でしかない。


「雨になりそうだな」


 さっきまでの月明かりは雲に遮られ、星もその姿を消した。

 ほのかな部屋の灯りの元、屋敷の主は窓の外、いやそのはるか遠くを眺め続けた。




 暗闇が増す夜道に、先程屋敷の部屋から姿を消した男が闇から現れる。


「まったく……あの人はどうも苦手だ」


 どうやら彼は、屋敷の主に苦手意識があるようだ。


「とにかくズッカの周辺に、もう種は撒いてある。どんな冒険者がいようが、今更どうしようもないな」


 誰もいない闇の中で、彼はひとり呟く。


「続けろと言われたら、やるしかないか……」


 呟き続ける彼に、小さな雨粒が当たり始める。


「ちっ、雨かよ」


 そう言い残すと、彼は再び闇へと溶け込んで消えていった。




 その日の夜更け、イリニア全域を厚い雲が覆い、王都イリオンにもクロムとルーナのいるズッカの街にも、激しい雨が朝まで降り続いた。


タイトルは、暗夜行路/志賀直哉 より拝借

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