18話 蟻ニモマケズ
「これならどうだ。 “火炎大砲”!」
どうやら外殻が防御魔法で覆われているようで、“火弾機銃掃射”では掠り傷程度でお話にならない。
さらに“火球”もブチ込んでみたが、威力が足りないようでこれも弾き返された。
流石に女王蟻様だけある。
ということで“火球”のパワーアップバージョンをブチ込むことにした。
実を言うと、火球の大きさはそのままでスピードを上乗せしただけの、俺のさじ加減で技名を変えただけのものだ。
本来、技名なんて関係ないからな。
威力を増した火球は、女王蟻の体に亀裂を入れる。
女王蟻は叫び声を上げ、苦し紛れに蟻酸を飛ばした。
警戒していた飛び道具は、それしかなかったようだ。
結局、大きいだけの蟻だったな。
「これで終わりだ。 “火炎大砲”!」
先程の攻撃で付いた体の亀裂は、防御魔法の破壊を意味していた。
放った火球は頭部に直撃し、胴体までも貫く。
「やべぇっ!」
防御魔法を失った女王蟻には、“火炎大砲”はやり過ぎだったようだ。
魔臓は耐魔法が異常に高いらしく、余程の魔法でなければ傷つかないそうだが、毒針はよく分からん。
燃えたら8万円也、いや800レオネが台無しだ。
冒険者も意外と面倒だな。
結局、女王蟻は頭部も胴体も焼き尽くされ、かろうじて腹部のみ存在していた。
腹部があれば、魔臓も毒針も大丈夫だろうから一安心だ。
金の為の魔物討伐なのに、肝心の素材も残らないとか意味ないからな。
俺は辺りに漂う女王蟻の魔素を吸い込み、死骸の確認を始めた。
「また、これか……」
クイーンスライムの残骸と共に残っていた黒い魔素の塊りが、今回も女王蟻の腹部の傍らにあった。
俺はまた、それを結界で封じて魔法で異空間へと放り込む。
まさか魔物の大将に全部魔素の塊りがある訳でもないだろう。
なのに連チャンというのは奇妙な気がする。
「しかしこいつら、何匹いるんだ?」
俺が、蟻の死骸の処理をどうしようか考えていたその時、
突然の、強い魔物の気配……
、
獅子の如き咆哮が洞窟の中で響き渡り、辺りを揺るがす。
「クロム! ……何か…いる」
ルーナは洞窟の中を指差し、不安そうに俺を見ている。
どういうことだ?
さっきまで洞窟の中には魔物の気配なんて無かったはずだ。
唸り声とともに、魔物の気配は外へと近づいてくる。
気配は先程倒した女王蟻と同等の強さだが、畏怖と言ってもいい異様な威圧感を感じさせる。
「化け物級だが……」
妙だな。
魔物の気配の強さと威圧感がアンバランスすぎる。
しいて言うなら、生まれたばかりの……
「って……もしかして、生まれたてか?」
それなら今の今まで気配がなかったのも頷ける。
さっきまで卵なのだから。
唸り声は徐々に大きくなり、その声の主はついに洞窟からその姿を現した。
「こいつは…… 獅子王蟻だとっ?!」
女王蟻と変わらぬ大きさの、獅子の頭を持つ蟻の魔物。
そのライオンの眼は俺たちを睨みつけている。
その体には、ぬるりとした液体が所々に付着していて、孵化したてと言っているようなものだ。
というか、幼虫の姿で生まれるんじゃないんだな。
正直こいつの幼虫の姿なんて、想像できないけど。
その時、俺たちを睨むライオンの顔が不意に大きく息を吸った。
「“防御壁”」
「ヴォォォォォォォォォォォ――」
獅子王蟻が咆哮が辺りを震わせた。
周りの木々は根こそぎ吹き飛び、蟻の死骸が舞い上がり、俺がとっさに張った防御壁さえ激しく揺さぶられる。
防御壁が無ければ、ルーナは死んでいたかもしれない。
「とんでもねえ奴だな」
生まれたばかりだったのが幸いだな。そうでなければもっと威力があっただろう。
咆哮が収まり、辺りは静寂に包まれた。
……
…………
「クロム。あのライオン、動かなくなったですね」
ルーナの言う通り、獅子王蟻は立ち尽くしたまま、微動だにしなくなった。
「まさか……な」
その“まさか”だった。
獅子王蟻は強力な咆哮を最後に、立ったまま死んでいた。
「意味が分からんな」
生まれてきたかと思えば勝手に死ぬとか、無意味にも程がある。
全く人騒がせなだけの魔物だったな。
人じゃなく猫だけど。
もしかして…だが、アントライオンの死因は魔力切れ、早い話が餓死なのじゃないだろうか。
あくまで俺の想像だが、アントライオン(こいつ)は生まれたての状態では飢えている。
そして本来なら生まれた場所にいるもの、つまりは蟻を喰らうことで飢えを満たすはずだったのではないのか?
生まれてくる蟻の王の為、女王蟻は餌となる蟻を生み増やす。
蟻どもは自ら餌となるべく、肥え太るために凶暴化し獲物を漁る。
しかし、餌となるべき蟻どもは、俺がすべて倒してしまった挙句、魔素を吸い取ってしまっている。
そんな抜け殻の死骸を喰らっても、獅子王蟻に必要だった膨大なエネルギーの足しにもならない。
俺たちを餌にしようとしたのか、空腹の怒りに任せたのか、強力な衝撃波の咆哮を上げた。
結果その行為は、自らの生命を維持する魔力をも使い果たす、自殺行為となった。
これが蟻の狂暴化と、獅子王蟻の死の原因……
そんなとこだろうか。
「だが何故、アントライオン(こいつ)が生まれたかが謎だな」
獅子王蟻ならこの森の王、いやこの周辺の魔物の王になれたはずだ。
そんなものがおいそれと生まれる訳がない。
クイーンスライムといい、なにか怪しいな。
「まあ、俺が考えても仕方ないか。それより……」
禍々しくも美しい獅子の頭を持つ蟻。それが五体満足のまま剥製のように死んでいる。
「これ、高く売れるんじゃね?」
もし高値で売れるなら、労せずぼろ儲けだな。
守銭奴の如き思考が俺の脳裏をよぎる。
俺は獅子王蟻の死骸を結界で包み、異空間へしまい込んだ。
「しかし、どうしたもんかね、こいつら」
せっかくまとまって死んでいた蟻は、獅子王蟻の咆哮のせいで四方に散らばってしまった。
こいつらを集めて、魔臓と毒針を取るだけで一仕事だ。“ぼろ儲け”というのは訂正だな。
飛び散った蟻の死骸を前にして、俺はため息をつくしかなかった。
タイトルは、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」からの拝借です




