17話 蟻のさだめ、さだめは死
ズッカから30分ほどで、アグロス村近くの森の入口へ到着したが、昨日と同じく今日も俺の背中で寝ている輩がいた。
「着いたぞ」
そう言ってルーナを振り落としてから、元の大きさに戻り森の中の気配を探った。
ルーナがなにか文句を言っているが無視しよう。
「やけに森の中が静かだな」
森の中より、横でブツブツ文句を言っているルーナの方が正直うるさい。
「これやるから、静かにしろよ」
ズッカで買っておいた昼飯用のチキンエッグサンドを異空間から出して渡すと、ルーナは途端に静かになった。
食うか寝るかしかないのか、こいつは。
どっちが猫か分かったもんじゃないな。
さてと……
「腹ごしらえも済んだし、蟻退治といくか!」
森の中がどうなっているか気になるところだが、考えても仕方ないだろう。
ヤバかったら逃げればいいだけだ。
森の中は動物や弱い魔物の気配を感じるし、鳥や何かの鳴き声も時折聞こえてくる。
しかし、どこか何か妙な気がする
「何か普通の森と違うね」
森に慣れているであろうルーナがそう言うのであれば、やはり普段とは違うようだ。
俺はルーナを守るため、また大きな姿になり森の中を慎重に進む。
「少し調子に乗っていたかもな」
スライムもジャイアントアントも似たようなものだと思っていたが、森では勝手が違う事に気が付いた。
天狗になっていたか……猫だけど。
しかし俺の心配をよそに、特に何も起こることもなくギルド長の言う通り、草木が途切れた先に洞窟が見えてきた。
「アレがそうだよね。なんかいるし」
ルーナも洞窟に気が付いたようだ。
洞窟の前には3匹の蟻がおり、入り口の見張りをしている。
少し離れた木陰に身を潜めて観察すると、数匹ずつ蟻が出入りしている。
どうやら間違いなさそうだ。
「さて、どうしたものかな」
巣の中へ攻撃するのは簡単だが、外に何匹いるか、だな。
囲まれるのも面倒だが、正確な数が分かるはずもない。
考えるのは止めることにするか……
「よし、ルーナ! 作戦を言うぞ」
「りょーかいなのです! クロム隊長!」
どうやらルーナは、作戦を言う時はその設定が必要なようだな。
「作戦はこうだ。見張りを倒して、巣の中を攻撃して、帰ってきた蟻どもを倒す。以上だ」
「前回もそうですが、それを作戦と呼ぶのでありますか?」
「違うのか?」
「……違う気もするです」
そうだろうな。
作戦と呼ぶには大雑把すぎる。しかし巣の中の状態も、蟻の数も分からなければ、まともに作戦も立てようがない。
そもそも立てるつもりもないけど。
「さあ、始めるか」
スライム退治は氷魔法だったから、今度は火魔法を試してみよう。
「“火球”」
現れた二つの火球が見張りの蟻どもに飛んで行き、2匹の蟻の頭に命中した。
「ありゃ? 火力が強すぎたな」
火力が強すぎたのか、相手が弱すぎるのか、蟻の頭は声も出せずに根こそぎ吹き飛んでしまった。
相変わらず魔法の調整は難しいな。
残った1匹は巣の中へ慌てて入って行った。
「ねえクロム。1匹逃げちゃったよ」
「ああ、狙い通りだ」
逃げ帰った見張りの蟻が、仲間を引き連れて出てくる事を期待して1匹だけ攻撃しなかったのだが、目論み通りすぐに蟻どもが群がって巣から這い出してきた。
「次はこれを喰らって貰うか。“火弾機銃掃射”」
俺はまたも全く必要のない呪文を唱え、先程より大きな二つの火球を出現させた。
二つの火球から出た小さな炎の弾丸が、次々と蟻の体を貫いていく。
蟻どもは、半透明の黄色い体液をまき散らし、「ギャッ」という短い鳴き声とともに倒れていく。
十数体の蟻の死骸の黒い絨毯が一瞬にして出来上がり、その絨毯を踏みつけ後続の蟻が洞窟から這い出る。
そして、這い出た蟻は炎の弾丸に打ち抜かれて倒れ、死骸は折り重なり黒い絨毯をさらに色濃くしていく。
蟲と言えど、この数の死骸が折り重なると惨たらしくもある。
殺っているのは俺だが。
しかし炎が尽きるまで全自動で敵を倒すという魔法を思いついたまでは良かったが、ただ突っ立ってるだけで暇だな。
「クロム、あっちからアリが来たですよ」
この惨状を知ってか知らずか、外回りの蟻が数匹帰ってきたようだ。
「ほい、“火球”」
外回りの蟻の頭を、俺に気付く暇も与えずに次々に黒焦げにしていく。
その間も巣への機銃掃射は止まらない。
ちょいちょい戻ってくる蟻を火球で倒し、その戻ってくる蟻も尽きかけた頃、巣から這い出してくる蟻も底をついたようだ。
魔法を止めて様子を見る。
「クロム、もう終わり?」
「終わり……ではないな」
洞窟にはまだ気配がする。残っているのは女王と護衛の残り数体といったところか。
女王は様子をうかがっているのか、動く気配がない。
俺はその間に、蟻どもが放出した魔素を吸い込んだ。
その一瞬の間に、洞窟から死骸を乗り越え、雑魚どもより一回り大きい4匹の蟻が襲いかかってきた。
「甘い」
機銃掃射は止めはしたが、解除はしていない。
蟻たちは、俺とルーナに牙も毒針も突き刺す事も出来ずに、炎の弾丸の餌食となった。
その瞬間。
緑の液体が蟻の死骸の陰から俺とルーナを襲う。
「ちっ!」
俺は呪文を唱える暇もなく、慌てて魔法で土の壁を作る。
土の壁によって防がれた緑の液は、ジュッっと音を立て壁の土を焦がす。
「酸……か?」
すこし油断が、まあ余裕だったな。
嘘です。かなり慌てました。
高を括って“土の壁”とか言ってたらマジでヤバかった。
流石に女王様だけあって、飛び道具も用意していらっしゃる。
雑魚蟻とは違うって訳か。
「しかし思いのほか、でかいな」
死骸の陰からその姿を現した女王蟻は虎ほどの大きさ、つまり今の俺と同じくらいの大きさだ。
正直ちょっとキモい。
「だが、俺を慌てさせた事を後悔してもらおうか!」
「えっ! クロム慌てたの?」
……いや、そこは黙ってろよ。
せっかくの恰好付けた台詞が台無しじゃねえか。
俺はたった今、女性は男のロマンを理解しないという事を知った。
タイトルは、愛はさだめ、さだめは死/ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア より拝借




