12話 この宿に暮らす四人の女
大鍋亭の女性専用棟は入り口とは別の扉から出た、裏庭に建つ二階建ての建物だった。
「ここは、ほとんど下宿屋みたいなものね。私の他に三人、冒険者のグラシアと、ここの給仕のレネット、それと私の妹のラエルが住んでるわ」
エフィルの妹も住んでいるのか。エルフの美人姉妹と同じ屋根の下とは、転生前なら考えられないな。
まあ、転生前にはエルフなんていないけど。
「レネットは仕事をしてたわね。グラシアもさっき食堂に仲間といたわ。後で紹介するわ」
言われてみれば冒険者風の男と食事をしていた女性がいたな。どこかで見た事があるようなグループだったが気のせいだろう。ズッカに知り合いなどいないからな。
ズッカでなくても知り合いなどいないけど。
「そうそう、シュガルに向かったパーティーはグラシア達だったの。無駄足だって悔しがってたわ」
……ああ、あれか。
見たことがあると思ったのはそういうことか。仕方ないあとで一杯おごってやろう。
話をしながら庭を抜け、建物に入り二階へと上がる。
「さあ、ここがルーナの部屋よ。私はその隣、奥が妹のラエルの部屋だわ」
部屋は内階段を上った二階の最初の部屋だ。トイレとシャワールームは共同で各階にあり、簡単な調理室と談話室のようなものが一階にあるそうだ。
余談だが、この世界では魔石を使い便利に生活している。
火と水の魔石を使い温かいシャワーも浴びれるし、光の魔石で夜でも部屋を明るく照らすことが出来る。
俺は猫なのでシャワーも浴びないし、暗くても何の問題もないのだがな。
部屋に入るとこじんまりとしているものの、質素だが小洒落た家具もおいてあり、居心地は良さそうだ。トイレや浴室はないが洗面台は備えてある。
「クロム、お部屋かわいいね!」
「おう、気に入ったか。良かったな」
「ベッドもふわふわ〜」
そこまで洒落てもいないのだが、住んでいた家に比べればずいぶんといいのだろう、ルーナはかなりはしゃいでいる。
「とりあえず、飯の前に顔ぐらい洗ってはどうだ」
仮にも俺の契約者なのだし、一応“大人の”女性なのだから身だしなみくらい気を使ってもらわないとな。
ルーナが顔を洗い一息ついた頃、見計らったようにノックの音が聞こえ、部屋のドアが開いた。
「ルーナ、夕ご飯に行きましょう!」
入ってきたのはエフィル、ともう一人、耳の長と整った顔立ちのエルフ族の少女。
瞳は碧眼でエフィルと同じだが髪はやや長めの亜麻色、まさに“亜麻色の髪の乙女”だな。
「紹介するわ、妹のラエルよ」
「はじめまして、ラエルです。16歳になります。昨年からズッカの魔道士ギルドで魔法の修行中です」
「この子は私たちの里でも魔法の才能が高いほうなの。だから魔法の勉強をするために、里から近いこのズッカに来てるのよ。私はおまけね」
15歳で成年になるとはいえ、世間慣れしていないエルフの少女を一人で町に住まわせるには抵抗があったのだろう。エフィルはどうやら、妹の保護者的な役割で一緒にズッカに住んでいるようだ。
とはいうものの、ラエルは年の割にはしっかりしているようなので、別段保護者の必要性も感じない。
それに比べてウチの娘ときたら……
「あうぅ、は、はじめまして、ルーナなのです」
……ダメダメですね。
「俺はクロム。ルーナの召喚魔だ。よろしくな」
「話せるというのは本当なのですね。よろしくお願いします」
一つしか歳が違わないのに、この差は何だろう。
「挨拶はその辺で、あとは食事をしながらゆっくりお話ししましょうか」
エフィルに促され、部屋を後にして食堂へと向かった。
食堂は先ほどよりも少し混んでいて、おかみさんや給仕も忙しそうに動き回っている。あの給仕がレネットだろうか。
奥の方を見ると、例のグラシアという女性がいる冒険者パーティーが酒を飲んでいる。
「おかみさーん、夕食お願いね!」
エフィルはおかみさんに声をかけると,グラシアたちの隣のテーブルに進んでいった。
グラシアを紹介するすもりなのだろうが、はたして大丈夫なのか。グラシアはともかく、連れの男性は微妙にやけ酒っぽい気がする。
理由はスライム退治が無駄足に終わったからだろう。その元凶の俺たちが隣に行って問題ないのだろうか。
『エフィル、本当にここでいいのか?』
「えっ、……なぜ?」
念話で話しかけた俺を、エフィルは不思議そうな顔で見つめた。
『グラシアとやらを紹介するつもりなのだろうが、彼女らのスライム退治が無駄足になったのは俺らのせいだぞ』
「そんなもの早い者勝ちでしょ。冒険者が無駄足踏むことなんて日常茶飯事よ」
たしかに正論だな。連れの男に絡まれる可能性も否定できないが、その時はその時だ。
皆がテーブルに着くと、見計らったように給仕が料理を運んできた。
「彼女がさっき言った、ここで働いているレネットよ」
エフィルと同じくらいの年頃のキュートな笑顔が魅力的な赤毛の女性だ。
髪は後ろでお団子に結って、エプロンをしているが、俺は出来たらツインテールのメイド服のほうがよかったな。
「で、この娘が今日からここに泊まるルーナよ」
「ルーナさんね、あたいはレネット。よろしく! で、その抱いている子猫は?」
「よろしくなのです。この猫はクロム、わたしの召喚魔なのです」
「よろしくな!」
周りの目もあるので、とりあえず小声であいさつをした。
レネットは少し驚いたようだったが、笑顔で俺とルーナにウインクをしてみせた。
「あとでゆっくりお話ししような! その時にクロムを抱かせてくれよ♪」
そう言い残し、レネットは仕事へ戻っていった。
彼女はいい娘だ! 絶対間違いない。
夕食のメニューはエフィルの言った通り、美味そうなクリームシチューを中心にしたものだった。
皆にはパンやサラダ、鶏肉を焼いた物が添えられていたが、俺にはシチューとジャンクフード的な何かだ。
「おかみさん特製の魔素入りキャットフードらしいわよ」
エフィルが俺に向かってそう言った。
キャットフードだと!? さすがに微妙な気持ちになるが、元人間とはいえ猫だしな。一応食べてみるか。
……モグモグ
なんだ、美味いじゃないか。
シチューも前評判通り絶品だ。流石おかみさん、クレアと言う名前は伊達じゃない!
ルーナも美味しそうに食べている。
そして、女性陣が和気あいあいと話し始めたころ、隣のテーブルからグラシアがやって来た。
編み込んだ髪は雪のように白く、清楚な顔立ちを一層引き立てているようだ。
「エフェル、この娘はどなた?」
「ああ、グラシア。今あなたに紹介しようと思っていたの。この娘はルーナ、今日からこの宿に泊まるのよ」
「ルーナです。よろしくなのです。こっちはクロム、わたしの召喚魔なのです」
「私はグラシア。冒険者をしています」
グラシアはそう言って、俺とルーナを交互に見つめる。
「エフィル、この娘はもしかして……」
「そうよ、この娘が例の600匹ものスライムを瞬滅した新人冒険者よ」
エフィルがそう言った途端、グラシアを押しのけバンダナをした男が割って入ってきた。
「なんだって! こんな小娘が期待の新人だと!!」
おっと、何やら不穏な展開がやって参りました。
エフィルはてへぺろしている。美人にやられると許すしかないな。
ラエルは目をキョロキョロさせ、レネットは遠くから心配そうに見ている。
そして、グラシアは何か言いたそうに男を睨んでいる。
美人はどんな表情でも美しいから困るな。
で、ウチの美少女は……
あ、こっち見なくていいから!
お前はそのままシチュー食ってていいよ。
ウチの残念美少女は、場の空気を全く感じずに黙々とシチューを食べていたのであった。
タイトルは、あの家に暮らす四人の女/三浦しをん から拝借しました
宿の4人の女性は四季のイメージです
エフィル=春、ラエル=夏、レネット=秋、グラシア=冬です




