埋まらない距離
2人組がいなくなった後も話し合いは続く。
「僕とトータ君以外はマルスタットにて待機し、万が一僕達がトラブルに見舞われた場合、街の人達を迅速に建物の中へ避難させてくれ」
ぼかしてはいるが、トラブルに見舞われる=戦闘不能になるってことだろう。
「可能ならメッセージを送って状況を知らせたいが、もし出来なかった場合は信号弾を打ち上げる。それが一斉避難の合図だ。幸いマルスタットから森までは6km以上の距離がある。いくら狼が速いといっても僕達の時間稼ぎと合わせれば20分から30分は稼げるはずだ。その間に女性や子どもを優先的に避難させ、狼の襲撃に備える。
それから念の為マルスタット周辺の夜間警備のクエストを発注しておく。何人集まるかは分からないが、多少なりとも力になるだろう」
ヤマトが不満の声を漏らす。
「でもなんでタケルとトータだけなんだよ、俺達のこと信用してねぇの?」
ジンがやれやれといった感じで首を振る。
「森に行く人数を少なくしたのは、出来る限り狼を刺激せずに戦闘を避けるため。それにマルスタットに人員を割くのは、避難させる規模から見て至極妥当である」
「ジン君が今言ってくれた通りだ。君達を信用してないんじゃない、信用してるからこその判断なんだよ」
ヤマトはすまねぇと言って、恥ずかしそうに頭をかいた。
「夜間警備ということは、出発は夜なんですか?」
気になった事を訊いてみる。
「そうだね。僕個人の意見としては、ある程度人通りの少なくなる夜に出発すべきだと思っている。それも遅ければ遅いほどいい」
確かに人通りが少なければ、その分避難にかかる時間も負担も減る。
「それに各々が準備をするための時間も必要だしね。装備を整えるも良し、有用なアイテムを買い揃えるのも良し、寝て体力を温存するのも良しだ」
タケルさんはチラリとヤマトを見ると、ヤマトはわざとらしく口笛を吹いて目を逸らす。
「今回の目標は王狼と話し合い、誰もが傷付くことのない着地点を見つけることだ。しかし上手くいかない可能性だって十分に考えられる。残念だがその時は2人組を引き渡し、マルスタットの安全を第一に考える。これは綺麗事じゃない、皆も了承してくれるね?」
それぞれが賛同の意思を示すように頷く。
「ありがとう、君達の力無しではどうにもならない。今こそ僕達の結束力を見せつけようじゃないか!」
熱の込もったタケルさんの言葉がとても心強い。
その後は狼班とマルスタット班に分かれて、細かい部分を話し合うことにした。
「トータ君、失礼だけど今の所持金と装備は?」
恥ずかしさで耳の後ろ辺りがじんわりと熱くなる。
「すいません、一文無しだし装備もとても言えたもんじゃないです」
「別に謝ることなんてないさ、最初のうちは皆貧乏が当たり前だ。出来れば君にお金を渡して夜に向けて装備を整えてもらいたいが、あいにく僕もクエストの報酬を用意する分で精一杯なんだよ」
「いや全然いいんです、気をつかって頂いてすいません。大丈夫です、いざとなったらコレがありますから」
そう言って自慢の細い二の腕を見せつける。
「ははは、そりゃ頼もしいな。じゃぁこっからは僕からの頼みなんだが……」
タケルさんは焦茶色の革鎧のようなものを現出させた。
「お下がりで申し訳ないが、ワックスで硬化処理済みで手入れも欠かしていない。多分今回のような場面では俊敏性に優れる分鉄製のものより有用だと思う。どうだろう、貰ってやってくれないか?」
「いや、そんな大切なもの貰えないです」
手入れを欠かさないくらい思い入れのある鎧を昨日今日知り合ったばかりの人間にあげるとか、どこまでこの人はお人好しなんだ。
「君に使ってほしいんだ」
タケルさんは真っ直ぐに俺を見据えた。
正直まだ気が引ける。
でもこれ断ったら男じゃないよな。
「分かりました、ありがたく頂戴します」
タケルさんの表情がぱっと晴れる。
「そうかよかった!大事にしてやってくれ」
この人には感謝してもしきれない。
この件が無事に解決したらギルドに入りたいぐらいだ。
もちろん如月が許してくれるはずもないだろうけど。
如月……
目線を走らせると、いつもと変わらない様子に見えた。
さっきのあの表情は見間違いか?
俺の思い過ごしなんだろうか?
「彼女が心配かい?」
タケルさんの声で現実に引き戻される。
「いや全然!心配されるようなタマじゃないですよ」
「ははは、彼女だって女の子だ。気に掛けることは悪いことじゃないよ」
「あいつのことはもういいんです。それよりマルスタットを出るのは何時頃にしますか?」
なんとなく気恥ずかしくて話題を変えた。
そうだねぇ〜と言ってタケルさんは思案する。
「さっきも言った通り、遅ければ遅いほどいいが、念の為に余裕をもって22時ぐらいがいいかな」
だいたい森に着くまで1時間くらいか。
多分入口に王狼の見張りがいるだろうからアジトまでの時間はそこまで深く考えなくてもいいかもしれない。
「タケルさん、申し訳ないんですけど30分遅らせてもらっていいですか?」
タケルさんは一瞬不思議そうな顔をする。
「別に構わないけど、それはもっと人通りの少ない時間に出たいってことかな?」
「はい、だいたいそんな感じです」
「もしかしたら途中で2人組が逃げ出して時間を食うかもしれないよ?」
タケルさんは悪戯っぽく笑う。
「その時はお任せします」
「弱ったなぁ、僕も戦いにはそんな自信がないんだよ」
頭がいい奴が言う「俺全然勉強してないわぁ」と同じ匂いがする。
「ちなみに俺は今レベル7なんですけど、タケルさんってどれくらいなんですか?」
「う〜ん14くらいかな」
いや倍じゃないですか。
「でもこの世界の戦いはレベルやステータスが全てじゃないと思うよ。なによりプレイヤー自身の戦い方や心の持ち方が大事だと思う」
だから気にすることないよって顔でタケルさんはグーサインをした後、あぁと思いついたように付け加える。
「あの2人組には僕から伝えておこう。ついでに逃げないようにもう一回脅しをかけとくよ」
タケルさん笑いながらそのセリフは怖いです。
隣もちょうど話し合いが一息ついたようだった。
といっても頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるような顔をしているヤマトとユウを見る限り、ほとんどジンか如月主導で話が進んだのは容易に想像出来るが。
その時、如月が急に立ち上がった。
「タケルさん!あたしを狼のところへ連れて行ってください!」
皆が呆気にとられる。
「えっと……ナツ君理由を聞かせてくれるかな?」
如月は少し考えた後、俺を指差す。
「コイツが弱いからです」
おいちょっと待て。
場合によっちゃ戦争だぞ。
「それは僕達2人じゃ頼りないってことかな?」
「タケルさんはまだしもコイツじゃ安心出来ません。コイツの代わりにあたしを連れて行ってください」
思わず立ち上がりそうになるのをタケルさんに手で制止される。
「ナツ君、僕達は狼と戦いに行くんじゃない。そんな理由じゃ連れて行くことは出来ないよ。それに彼は1番の当事者だ」
タケルさんの珍しく厳しい口調にも如月はひるまない。
「勝手なことを言ってるのは分かってます。でももし許してもらえないとしても無理矢理ついていきますよ」
俺は知ってる。
こうなった如月はテコでも動かない。
じりじりとした沈黙が続く。
「タケルさん、コイツ絶対に折れないです。それに何言っても勝手についてくると思いますよ」
タケルさんは驚きの表情を浮かべる。
まさか俺が如月の肩をもつとは思わなかったのかもしれない。
「君がそう言うなら僕は構わないけど……ナツ君、安全は保証しきれないよ?」
如月は黙って頷く。
「ジン君、1人足りなくなるけどそっちは大丈夫かい?」
「特に問題ありません」
問題なくはないはずだが、ジンは顔色一つ変えない。
「よし!じゃぁ集合時間まで各自自由にしてくれ」
いつもだったら自分の主張が通ると当然だと言わんばかりに勝ち誇った顔をする如月の表情が微動だにしない。
それどころか誰よりも早く店を出て行った。
お前は何を考えてる?
急いで後を追う。
「おい!」
如月がこちらを見ずに立ち止まる。
「お前なんか俺に隠してないか?」
「別に」
そうばっさり切り捨てられるとこれ以上何も言えなくなる。
「そっか。ならいいんだけどさ」
如月は一瞬だけ俺の顔を見ると、何も言わずに雑踏にまぎれた。




