一筋の光
「なんでアンタがここにいるの?」
間違いない。
この威圧的な口調、相手を射抜くような冷たい眼差しを、俺は一人しか知らない。
「い、いや別に……たまたまっていうか……」
なにそれ?と言って如月は怪訝そうな表情を浮かべる。
「お前こそなんでここにいんだよ?」
「別に、ただの暇つぶし。お父さんがコレ《HSO》を作った人の知り合いだからうちにあったってだけ」
あっけらかんと答えているが、こいつなら有り得ない話じゃない。
如月家といえば地元でも有名な金持ちで、父親は某有名IT企業の社長、母親は茶道の家元というぐうの音も出ないほどのエリート家庭だ。
そして何を間違えたのか、俺はその如月家の一人娘と幼馴染だった。
それも幼稚園小学校中学、はては産まれた病院まで一緒というレベルで。
「そんなことより!」
如月はつかつかとこちらに歩み寄る。
「なんでアンタがあたしの泊まってる宿屋にいるわけ?」
「あぁ……えっと……これは話すと長くなるっつうか、まぁ色々あってさ」
「出てってくんない?すっごい不愉快だから」
相変わらず嫌われてんなぁ。
まぁ言われなくても出ていかざるを得ないだろう、なにしろ俺は一文無しだ。
「あぁ、そのつもりだよ」
一瞬如月がたじろぐ。
「この時間に空いてる宿屋なんてほとんどないのにどうするつもり?」
お前が出ていけって言ったんだろうが。
「知らん、適当に野宿でもする」
「な……」
おばさんに、お騒がせしてすみませんでしたと謝って扉に手をかける。
「待ちな坊主」
振り返ると、何かが放物線を描いて飛んできた。
これは……鍵?
「お前と嬢ちゃんの間になにがあるのかは知らねぇが、俺は親友にお前を泊めるように頼まれた。もしどうしても出ていきたきゃ止めねぇが、俺の顔に泥を塗ってくれるなよ?」
その凄味のきいた表情に、首を横に振るしかなかった。
「がはは、こんないい夜に争ってなんになる!同じ人間なんだ、二人とも仲良くやれよ!」
うってかわって豪快に笑い飛ばすおじさんに、俺は深く頭を下げる。
顔を上げると、もうすでに如月はいなかった。
「なによあの女!どんな教育を受けたらあんな風に育つのかしら!私よっぽど言ってやろうと思ったのよ!この性悪女って!」
まるでドロドロな昼ドラのように過激な言葉を並べるナツさんは、部屋に入ってからずっとこんな調子だった。
「まぁまぁ、あいつもそんなに悪いやつじゃないんだよ」
「もう!マスターがそんなだからあんな小娘になめられるのよ」
「ごめんごめん。まぁなんとかこうやって泊まらせてもらえたわけだし、結果オーライってことで」
「まぁいいわ、私は怒り疲れたからもう寝ます。あ、マスター私の新しい名前を考えといてね、あの女と一緒なんてぜっっったいイヤなんだから」
「はいはい」
今ならオーガニックと名付けても許されそうだ。
ぼふっとベッドに飛び込むと、布団のいい香りが鼻をかすめた。
風呂に入ったせいか、すぐに睡魔が襲ってくる。
如月に会ったのはいつ以来だろう?
高校は別々のところに進んだから、最近は家の近くで見かけるぐらいだった。
まぁその時も完璧なシカトだったけど。
自分で言うのもなんだが、昔はそれなりに仲良くやれていたと思う。
お互いの呼び名も今みたいに苗字じゃなく、下の名前だった。
でも、如月は変わった。
なんでかは知らないし知りたいとも思わないが、多分幼馴染ってこういうことが良くあるんだろう。
「めんどくせぇ」
目覚ましもセットせずにこのまま寝てしまおうか。
いや、まだやることがある。
なんとか布団の誘惑に打ち勝っておじさんの息子に借りたパーカーを羽織ると、出来るだけ物音をたてないように部屋を出た。
フロントにいるおじさんに、眠れないのでちょっと宿の前で風に当たってきていいかと尋ねると、快く許可してくれた。
外はさっきよりもさらに閑散としていて、ひんやりとした夜風が頬をなでる。
確かあっちのほうだったっけ?
マップを見ると余計混乱しそうだったので、数時間前の記憶を頼りに路地を進んでいく。
しばらく歩くと、目的地が見えてきた。
爛々《らんらん》と光が窓から洩れ、人々の大きな笑い声が何重にも聞こえてくる。
酒場だ。
ここでなら、狼殺しについての手掛かりが得られるかもしれない。
しかし、入口には屈強な体格の用心棒らしき大男が立っている。
普通のゲームなら昼夜問わずいつでも入れるが、VRの世界だとどうなんだろう?
まぁ物は試しだ。
「すいません、今って入れますか?」
「失礼ですがお客様はおいくつでしょうか?」
やはり年齢制限があるようだ。
なにもそこまでリアルにしなくてもいいのにと思ったが、多分色々と不都合なことがあるんだろう。
「21です。入れますか?」
十中八九この男はNPCだ、適当に言ってもバレないかもしれない。
大男はジッと無表情で俺の顔を見つめる。
「ご冗談を。お客様は20歳未満ですので、開店時間となります午前9時以降にお待ちしております」
分かってんなら最初から聞くなよ、とNPCに怒ってもしょうがない。
とりあえず作戦変更!
酒場の横の細い路地を通って裏側にまわった。
ビンゴ!窓が開いてる!
明らかに入口の時よりもはっきりと人の声が聞こえてくる。
そこはかとなく小便臭いのが難点だが、そこは気にしていられない。
窓の下まで移動すると、全神経を耳に集中させる。
「あそこの飯屋の女がすげぇかわいいんだって!」
「ガハハハハ!そこで俺様がそのクソゴブリン共を仕留めてやったのよぉ!」
「おやじぃ!麦酒とラム酒3杯ずつ追加ァ!!」
まるで脈絡のない酔っ払いの会話だけが飛び交っている。
お前らちっとは静かにしろよ!
全然他が聞こえねぇ!
その時だった。
「そこで何をしてるんだい?」
声に引っ張られるように横を向くと、そこには優しげに微笑む男が壁にもたれかかるように立っていた。
ここの従業員だろうか?
とりあえず謝っておいたほうが良さそうだ。
「すいません、ちょっと道に迷ってしまって……」
「道に迷って聞き耳を立てていたの?」
男は悪戯っぽく笑うと、手招きをした。
「万が一ここのマスターに見つかると面倒だ。こっちで話そう」
「そうか、君はなんとかして酒場に入りたいと。でも何のために?誰かに用でもあるの?」
長身で端正な顔立ちに、短く刈り込んだ髪型は清潔感があり、誠実さが見受けられる。
きっと俺と違って女受けもいいんだろう。
それに加えて静かで落ち着いた声音は、聞いてると安心する。
でもいい人に見えるからこそ巻き込むのに気が引けるし、告げるのに躊躇われる。
「無理に言う必要はないよ。君の事情もあるんだ。ただもし少しでも興味深い話をしてくれるなら、僕が手を貸そう」
「手を貸すってどうやって……」
「まぁ見てれば分かるよ。見ないほうがいいかもしれないけど」
そう言うと、男の人は手を差し伸べた。
「僕の名前はタケル。小さな日本人ギルドの団長をやってる。よろしく」
急いで手を服でゴシゴシと拭いてそれに応じる。
「俺トータっていいます、よろしくお願いします!」
思った以上に大きな声が出てしまって、タケルさんに笑われた。
「あんまり大きな声を出すと、あのデカブツが血相変えて飛んでくるよ」
「すいません」
ふと単純な疑問が芽生える。
「でもなんで俺を助けてくれようと思ったんですか?」
「はは、ちょうど酒の肴に困ってたんだよ」
そう言ってタケルさんはウインクをした。
俺は初めてウインクの正しい使い方を見たような気がした。
さっきの用心棒の前に立つと、タケルさんはポケットから何かを取り出してそれを男に握らせた。
無表情だった男がスッと目を瞑る。
「用心棒の仕事も大変だからね、たまには眠くなるんだろう」
酒場に入ると、酒の強烈な匂いが鼻をつき、喧騒が耳をつんざく。それだけで気分が悪くなりそうだったが、今はそれどころじゃない。
せっかく手伝ってもらったんだ。
なんとしてでも手掛かりを掴まなきゃいけない。
「タケルー!なにかわいこちゃん連れて……って野郎じゃねぇか!お前いつからそっちになったんだよぉ!」
ソファー席に座った一団がドッと笑いに包まれる。
恥ずかしくて顔から火が出そうだったが、これも我慢だ。
タケルさんも気まずいだろうなぁと思って横を見やると、一団に向けて中指を立てていた。
タケルさんと俺は、ぽつんぽつんと空いている立ち飲み席ではなく、カウンター席に座った。
「飲み物は?コーラでいいかい?」
俺は初めて入った酒場の雰囲気にのまれて、ただ黙って頷いた。
「マスター、俺にいつものと、この子にコーラを頼む」
マスターと呼ばれた男性は、どう見ても場違いな俺を気に留めることもなくドリンクを作り始める。
「どうだろう、少しは話してくれる気になったかな?」
言うまでもなく気持ちは固まっていた。
「はい」
「そうか、ありがとう。別に話したくないことまで話す必要はない、君に任せるよ」
「分かりました。実は……」
言葉が懺悔のように連なって止まらず、言うつもりはなかった紅目の男のことまで話してしまった。
そしてもちろん王狼のこと、0時までに犯人を連れて行かなければ、マルスタットが狼達の襲撃を受けるということも。
タケルさんは多少驚いてはいたものの、馬鹿にしたり鼻で笑うことも無く真剣に耳を傾けてくれた。
「話してくれてありがとう。少しは楽になったかい?」
言われてみれば、自分でも驚くくらい気持ちが軽くなっていた。
「はい、聞いて頂いてありがとうございます」
「悩んでいる時は誰かに打ち明けると楽になったりするからね」
そう言い終えると、タケルさんは真面目な表情になる。
「まず紅目の男についてだが、申し訳ないけど僕は見たことも聞いたこともない。せめて名前でも分かれば調べようがあるんだけどね」
「すいません、一応名前は訊いてみたんですけど名乗る必要はねぇとか言われて結局分からなかったんです」
「名乗る必要がない、か。もしかしたら知られちゃマズいのかもね」
「それってどういう……!」
「まぁまぁ落ち着いて」
思わず前のめりになってしまったところをタケルさんに手で制される。
「すいません……」
「はは、僕だっていきなりそんなことされたら君と同じような気持ちになるさ。でも今第一に考えるべきは狼達の件だ、違うかい?」
「もちろん、その通りです」
「紅目の男については後でゆっくり話そう」
タケルさんは空いたグラスに目を留めると、マスターに同じものを、と注文した。
「狼のことなら少しは力になれるかもしれない」
雲間から差した光のような言葉がタケルさんの口からこぼれた。
「本当ですか!?」
「あぁ。直接犯人を知っているわけじゃないが、『狼の毛皮や牙を売っている2人組がいる』って噂なら聞いたことがある。真偽は不確かだが、僕の仲間内でも同じように聞いたことがある人がけっこういるんだ。だから信憑性は高いと思う」
「てことはその2人組を連れて行けば……」
「それで済むならいいんだけどね。僕にはこの問題が簡単に解決するとは思えない。
まずその2人組を見つけ出し、そいつらを上手く言いくるめて王狼の元へ連れて行き、その場を上手くおさめる。それもあと24時間を切った状態でだ。どうだい?」
絶望的だ。
漠然としていた不安が、言葉にして整理することで切迫感を増す。
それでも……
「確かに難しいかもしれない、でも俺はやらなきゃいけないんです」
タケルさんが何かをはかるように
俺の目をジッと見据える。
「うん、分かった。微力ながら手助けさせてもらうよ!」
「本当ですか!?」
「あぁ、それにもうこの話は僕達だけの問題じゃないんだ。まだこの世界に来たばかりの初心者が多いマルスタットを襲撃されるとなると、多大な損害を被ることは想像に難くない。それはなんとしてでも阻止しなければ」
百人力とはこういうことを言うんだろう。
俺はもう1人じゃない。
「はい!ありがとうございます!」
「ははは、まだお礼は早いよ。解決したらまた杯でも交わそう!もう時間も遅いし、君はとりあえず寝たほうがいい。また明日、というか今日の朝9時に広場の噴水前に来てもらえるかな?」
「はい。タケルさんはまだ寝ないんですか?」
「うん、僕はもうちょっと知り合いにあたってみるよ。もしかしたらいい情報が得られるかもしれないし。はは、大丈夫!寝坊はしないから」
そう言ってにっこりと微笑むタケルさんは、誇張じゃなく仏様に見えた。
なんの面識も無かった俺をここまで真摯に助けようとしてくれている。
本当にこの人に相談して良かった。
「今日は色々ありがとうございました!それとご馳走様でした!じゃぁおやすみなさい」
「うん、夜道に気を付けて。おやすみ」
酒場を出るとなんとなく走りたくなって、人気のない道を風を切って駆け抜ける。
きっと大丈夫だ、なんとかなる。
早く帰ろう。
おじさんが心配する前に。
読んで頂きありがとうございます。
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