予期せぬ再会
静寂さを取り戻した森を抜けると、遠くの方でぼんやりとした街明かりが見えた。
距離にして3〜4kmくらいだろうか?
あの紅目の男が言っていた事が正しければ、おそらくマルスタットだろう。
街から出ているサーチライトが、夜空を規則的な動きで照らしている。
迷わないようにと、初心者の目印になっているのかもしれない。
この世界に来て初めて見る規模の街だったが、今は感慨に浸れるような心境じゃなかった。
明日の午前零時。
今が午後11時近くだから、あと25時間しかない。
それまでに狼達を襲っているプレイヤーを見つけて王狼の元に連れていかなければ、マルスタットは奴等に襲撃される。
焦燥感しかなかった。
王狼は、狼を殺しているのは複数人だと言っていた。
確かに、あの統率がとれた狼を襲うのに単独でやるとは考えづらい。
だとしても、あの巨大な街から数人のプレイヤーをどうやって捜す?
聞き込みだけでなんとかなるのか?
例え見つけたとして、そいつらにどう説明すればいい?
君達に仲間を殺された狼達が怒っているから一緒に来てくれなんて冗談にもならない。
考えれば考えるほど絶望的だ。
だけど、俺は解放された。
自分を犠牲にすれば多くの人達を救えたかもしれないのに。
自分のことだけで頭がいっぱいだった。
黙っていると見えない何かに押し潰されそうになる。
逃げ出したい。
マルスタットを素通りしてそのまま旅を続ければ逃げられる。
ふと、俺を見据えていた狼の眼がフラッシュバックする。
全てを見透かされているような澄んだ眼だった。
「マスター、あの狼は多分ちびっこ狼の母親じゃないかと思うの」
「まさか、そんなはずないよ。まず俺助けられるようなことしてないし」
「マスターの目は誤魔化せても私の目は誤魔化せないわ」
今サラッとバカにされた気がする。
「じゃあなんであいつは俺を助けたんだろ?敵であるはずの人間なのに」
「敵とか味方じゃないのかもね。助けたいから助ける。それでいいんじゃないかしら?」
助けたいから助ける。
俺はどうしたい?
俺は…………
「ナツさんありがとう、おかげで吹っ切れた。俺足掻けるだけ足掻いてみる。無理かもしれないけど、マルスタットの人達も、狼達も助けたい」
綺麗事かもしれない。
現に今は何の策もないし、俺の頭じゃいい案が思いつく気もしない。
でも、諦めるのは絶対に嫌だ。
「ふふ、マスターらしいわね。そうと決まればさっさとマルスタットに行って宿を確保しなきゃ。今日はちゃんと寝て明日に備えましょ」
「よぉぉぉし、やるぞ!!目指すは始まりの街マルスタット!」
マルスタットに着いた時、時刻は既に0時をまわっていた。
「疲れたー!見えてたからけっこう近いかと思ってたのに」
「マスター、周辺探索は後にして今は宿屋を見つけましょう」
「そうだね、空いてるといいけど」
入口に立っている2人の門番はきっとNPCだろうが、なんとなく会釈してしまう。
まぁ予想通りというか期待通りというか、仏頂面でこちらをチラリと見やっただけだった。
木製の門を開けると、大きな広場に出た。
まず目に付いたのは教会で、周りの建物よりも一回り大きい。
十字架を見せつけるようにして広場の向かいに建っている。
そして中央には淡くライトアップされた二段噴水があり、その淵に座って会話を楽しんでいる人もちらほら見えた。
イチャイチャしているカップルは、狼達が襲撃してくるなんて夢にも思っていないだろう。
広場から放射状に延びた道路の傍を西洋風の建物が隙間なく連なっている。
とはいえ、さすがにほとんどの店や家々の明かりは消え、人影も疎らだった。
中にはまだやっている店もあったが、ジョッキが描かれた看板が掲げられている酒場や、INNと書かれた宿屋が多い。
とりあえず広場の近くの宿屋をいくつかまわったが、どこも満室だった。
今は新規のプレイヤーが多いので当然といえば当然かもしれない。
ただ、三軒目の宿屋の親父さんが親切にも知り合いがやっている宿屋に連絡をとってくれたので、そこにお世話になることにした。
宿屋は街の中心部から北東に少し外れた場所にあった。
広場の近くにあった宿に比べるとそこまで大きな建物ではなかったが、軒先には手入れの行き届いた花々が綺麗に咲いていて、宿としては申し分ないように思える。
中に入ると、フロントを探す間もなく、大柄な男性が仁王立ちで待ち構えていた。
「おぉよく来たな!待っとったぞ!むっ?お前さんその格好はどうした?」
言われて見直すと、薄汚れたタンクトップに皮のズボンという、一歩間違えれば職務質問されそうな格好だった。
「あ、あぁ、ちょっと色々ありまして」
見知らぬ男に森に連れてかれてそこで狼と一戦交えたなんて恥ずかしくて言えない。
「そうか、チェックインを済ませたらとりあえず風呂に入ってこい!服は俺のせがれのやつを貸してやるから」
「ありがとうございます、助かります」
「ガハハ、そうかしこまるな。ここは変わったものは何一つないが、自分の家だと思ってゆっくり寛いでくれ」
豪快に笑うおじさんは、なんとなくエリスのお父さんを思い出させる。
きっといい人なんだろう。
フロントに行くと、おじさんの奥さんと見られる女性が、にこやかに迎えてくれた。
「いらっしゃい、あの人暑苦しいでしょ?勘弁してあげてね、ああ見えて悪い人じゃないから」
俺はそんなことないです、という意味を込めてぶるんぶるんと首を振る。
「泊まるのはいつまでかしら?」
「とりあえず一泊でお願いします」
おばさんが少し驚いたような表情を浮かべる。
「ごめんなさいね。マルスタットはこの世界に来たばかりの人が多いから、連泊して旅の拠点にする人が多いのよ。
あなたもしかして……
さすらいの勇者様なのかしら?」
マダムジョークに上手く切り返せる言葉が見つからなくて、笑うしかなかった。
「気を悪くされたらすいません、ちょっと用事があって……」
「いいのよ気にしないで。じゃぁ宿の案内をするわね」
その後強烈な眠気に襲われながら、朝夕食や浴場、門限など、一通りの説明をうけた。
「じゃぁ代金が一泊朝食付きで200Gになります」
ハッと眠気が覚める。
そういえば俺お金って持ってたっけ?
まぁ200Gくらいモンスターを倒した分であるだろう。
ポケットをまさぐっても出てくるのはよく分からない葉っぱだけだ。
あぁそっかそっか、VRだもんな。
ステータス画面からサッと取り出すシステムだよな。
そりゃ一々持ち歩いてたらかさばるもん。
「すいません、ちょっと待っててもらっていいですか?」
おかみさんは不思議そうな顔で頷いた。
まさか金の出し方すら知らないペーペーとは思っていないんだろう。
「ナツさん、これどうやってお金出すの?」
出来る限り小声で尋ねる。
「マスター、残念なお知らせよ。
私達一文無しみたい」
……
…………
………………
嘘だぁぁぁぁぁぁ!!!!!
「俺けっこうモンスター倒したじゃん!持ってないってことないでしょ!」
「基本的にこの世界では、モンスターを倒してもGは手に入りません」
「先に言ってくれよ!」
「訊いてくれたら言ったわ」
「ぐぬぬ」
「でもエリスのクエストを達成したから、その分の報酬はあったはずなんだけど……」
「だよね?じゃぁなんで……」
「あ、多分これが原因かも。ちょっと待ってて」
どこかで聞き覚えのある声が流れてくる。
『とても魅力的ですが、俺はこの服や靴を頂けただけで十分満足です。元々が裸同然でしたから、これでも出来過ぎなくらいです』
……
俺じゃねぇか!!!
ていうかこの無駄に高性能な録音機能いらないだろ!
恥ずかしいわ!
「多分マスターが無駄に格好つけてこう言ったせいで報酬フラグが折られてしまったのね」
今またサラッと悪口を言われた気がする。
「分かった、俺が悪かったのは認めよう。でもここまで来てお金持ってませんなんて、恥ずかしくて言えるはずないだろ?」
無意識にどんどん声のボリュームが低くなる。
「でもお金がない以上はどうにもならないわ」
ナツさん違うんだよ、そんな正論求めてないんだ。
その時、後方でガチャっと扉が開く音が聞こえた。
まずい!
こんな場面を人に見られるわけにはいかな……
「「あ…………」」
まさか……嘘だろ……
あり得ない、あり得ないって……
「マスター知り合い?」
ただの知り合いならどれだけいいか。
如月小夏
ナツさん、あなたの名付け親です。
読んで頂きありがとうございます。




