ゼノの失望
この世界に来てからすでに3ヶ月以上が経とうとしている。
俺はなんの取り柄もなかった。
ステータススキル共に、周りの意見を参考にしながら無難にふった。なんの考えも無しに極振りなんかするやつの気がしれない。
クエストも出来る限り強そうな奴とパーティーを組んで、確実に成功出来るものしかしてこなかった。
おかげでLvは同時期に始めたやつと比べて明らかに低かったが、それでも死ねば終わりのこの世界で、Lvなんかより危機管理のほうがよっぽど大事だと思う。
しかし1ヶ月ほど前、俺の運命は劇的に変わった。
死にかけのキマイラを見つけたのだ。
すぐに俺は図鑑を確認した。
【キマイラ】
属性:火
ランク:A
冷や汗と震えが止まらなかった。
それまで俺が倒したのは最高でC。それも10人がかりでうち4人が死ぬという、文字通り死闘だった。
こいつを倒せばいったいどれほど莫大な経験値が手に入るんだろう、もしかしたらとんでもないレアアイテムが手に入るかもしれない。
でも一体誰がこんなことを?
パーティーでやったのならばこんな酔狂なことはしない。
だとしたら1人か……
寒気がした。
ランクAを1人で仕留めるなんて有り得ない。
この世界にそんな化物がいるなんて到底信じられなかった。
急がなければ他のやつに見つかる。俺はなんの躊躇いもなく哀しげな目をしたキマイラにとどめを刺した。
その瞬間、ウィンドウが表示されて「新スキル取得」という文字が浮かんだ。
『氷炎三連撃』
聞いたことがある。
高ランクの魔物を倒すと稀にレアスキルを落とすことがあると。
その時はまさか自分に関係するとは思わず、気にも留めていなかった。
い、色は?
せめて黄色以上で……
スキルは緑色で表示されていた。
やった……やったぞぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!
まだ開始してからそれほど時間の経過していないHSOの世界では、緑スキルなんて滅多にお目にかかれない。各地の強豪が集う大規模なコロシアムの優勝賞品になっているぐらいだ。
俺の生活は180°と言っていいほどガラリと変わった。
他のプレイヤーからは尊敬の念を持って褒め称えられ、今では10人以上在籍する中堅パーティーのリーダーも任せられている。
いつも通り、ギルドで仲間と夢や今後の展望を語り合いながら酒をあおっている時だった。
「す、すいません……」
弱々しい声が聞こえる。
振り返ると、男とも女ともつかない中性的な顔立ち、と言えば聞こえはいいが、人間味のまるでない表情をしたガキが立っていた。
「あの……えっと……パーティーのリーダーさんですか?」
参加希望者か?こんななよなよしたやつが?
NPCではないだろうが、頭上に表示されるはずのアイコンがないので名前が分からない。
別に知りたいとも思わないが。
俺は半笑いでそうだよ、と答える。
「ぼ、僕……パーティーに入りたいんです!一生懸命頑張るのでお願いします!」
めんどくせぇな。
パーティー人数が増えてくると、適当な気持ちで入っておこぼれにあずかろうとする、ハイエナみたいな連中が群がってくる。
周りにいる連中はニヤニヤと舐め腐った顔で動向を見ている。
お前らはいいよなぁ、責任とか感じないで楽しめんだからよ。
「ごめんな、うち最低でもLv30以上ないと入れないんだよ。君はまだ成長途中みたいだから、もっと頑張って強くなったらまた声を掛けてくれ!」
ズン
突然右脚の太腿に重みを感じる。
なんだ?一瞥すると、見覚えのある袋が太腿の上に乗せられていた。
金だ!!
しかも隙間から見えたのはエミール金貨じぇねぇか!!
こりゃとんでもねぇ額だぞ!
軽く見積もっても20万Gはくだらねぇ!!
くえねぇガキだ。
そんなナリしてやること下衆いぜ。
でも待てよ……なんでこんなガキがくそみてぇな大金持ってやがる?
まぁんなことどうだっていい、こいつの気が変わる前に話をつけよう。
パーティーに入れた後適当な理由をつけて追い出しゃいい。
これなら約束は守ってるわけだし、ギブアンドテイクってやつだろう。
「とは言ってもだ。君の熱意を無下にするほど俺は非情じゃない。
ここじゃなんだから、外に出て話をしよう。君のやる気を見せてくれ」
ガキは嬉しそうににこっと笑った。
外に出ると、いつの間にかすっかり日は暮れていて、空には無数の星が光っている。
「とりあえず街だけでも出るか、そしたら俺のスキル『密談結界』を張ってそんなかで話をしよう。」
『密談結界』は結界を張り、その中にいる人物の声や姿を一時的に消すことが出来る。
戦闘中は使用出来ないが、その名の通り聞かれたくない話をする時に、真価を発揮する。
やや使用SPが高いのが難点だが、それに見合うだけの価値はある。
街を抜けると、道を逸れて3分ほど歩く。
その道中名前を訊くと、ガキは小さな声でゼノ、とだけ答えた。
「ここらへんでいいだろう」
「『密談結界』」
一瞬で直径3mほどの小さな円が描かれ球体状に白い膜を張ると、すぐに透明になる。
「入ってくれ」
ガキはこくりと頷く。
さっきから緊張してるのか全く言葉を発さねぇのが笑えてくる。
「じゃぁ出してもらおうか」
ガキは無言で金貨袋を差し出す。
それをひったくるように掴むと、素早く中を確認する。
こんな姿パーティーの仲間達には絶対見せられないが、こんなガキの好感度なんか知ったこっちゃねぇ。
「確かに、君のやる気は見せてもらった。パーティーへの参加を許可しよう。
ただし俺に勝ったらな」
拳をガキの腹にめり込ませる。
もうめんどくせぇや。
わざわざこんな辛気臭ぇガキ参加させる必要もねぇ、ここでボコってさっさとおさらばだ。
ガキはたまらずうずくまって、小刻みに震えている。
「どうしたよぉ?お前のやる気はそんなもんかぁ?おちびちゃんよぉ」
さらに蹴りを入れる。
可哀想なんて甘っちょろい気持ちは湧かない。
強者が絶対的正義と見なされるこの世界で、弱く生まれちまった自分を恨めばいい。
ガキはピクリとも動かなくなった。
「ハハ!さすが雑魚、こんなもんで終わりかよ!!!」
ガキに背を向けて歩き出そうとすると、ズボンの裾を掴まれる。
昔の自分を見てるようだ。
這いつくばって必死にしがみついて。
それでも強者には敵わない。
ムカムカすんだよお前!!!!!
振り返るとガキはまだ立とうとしていた。
ゾンビみたいな目しやがっ……
燃えるような緋色だった。
今まで感じたことの無い戦慄が走る。
まずいまずいまずいまずいまずい
「『氷炎三連撃』!!!」
ガキは結界の外に吹っ飛んだ。
ハァ ハァ ハァ ハァ
息が乱れる。
まさか使うつもりなんてなかった。ヤツは虫の息だったのに。
でも使わざるを得なかった。
なんだあの目。同じ人間のものとは思えねぇ……
殺すつもりはなかったんだが……
まぁしょうがねぇ。ヤツの運が悪かったってことだ。
さっさと帰って飲み直して忘れよう。ちょっと脚色すりゃいい話のタネにもなるしな。
俺は結界を閉じると、うっすらと照らされた街明かりに向けて歩き出した。
「なぁぁんだよハズレじゃねぇか」
反射的に振り返るとガキがすぐ目の前にいた。
「主役交代だぜおっさん」
「『零爆』」
薄れゆく意識を彩るように、緋色の目が淡く軌道を描いていった。




