2人の少女の出会い
あれから三年の月日が流れた。
エレナは七歳になった。
粗末な麻の服をまとい、手足には労働の痕が残る。
立ち居振る舞いは野生の獣のようにすきが無く、物静かな美しさをたたえていた。
肌の下に魔力を完全に沈める技を極め、いまや納屋の周囲の空間を自らの感覚の一部として把握するようになっていた。
銀髪の女性アメリアとの関係も、奇妙な師弟の関係が続いていた。
語り合うことはないが、互いの背中を預け合える同居人だった。
本邸ではかつてエレナがすべてを剥ぎ取られた、四歳の誕生日を迎えようとしている。
新しく生まれたお姫様、シャルロットのための祝宴の準備で屋敷中が慌ただしく動いていた。
「エレナ、裏庭の薬草を摘んでおいで。本邸の厨房が忙しい隙すきに冬越しの保存食を作っておくよ」
「うんわかった」
アメリアから使い古した籠を受け取りエレナは音もなく納屋を出た。
人の気配を避けるルートは、妖精たちが教えてくれる。
誰にも見つかることはなく、本邸の美しいバラ園の裏手にある、うっそうとした茂みの中へと足を踏み入れた。
「エレナ、あっちに誰かいるよ」
「泣いているみたい」
妖精たちが騒ぎ立てる。
エレナは気配を消し、かん木の影から視線を向けた。
色鮮やかなバラの生垣の根元に、うずくまっている小さな人影があった。
ふわりと広がった最高級の絹のドレス。
レースをふんだんにあしらった服は、土と枯れ葉で汚れて、しゃくりあげて泣いていた。
「おかあさま」
迷い込んできたのは本邸で愛を一身に受けて育っているはずの、四歳の妹シャルロットだった。
エレナの胸の奥が、冷たくそして鋭くうずいた。
あの子が、あの豪奢な場所にに座っている子だ。
あの子が生まれた夜、暗闇の納屋へ放り込まれた。
放っておくべきか、助けるべきか心が揺れる。
本邸の侍女たちが探しに来るだろう。
関われば、アメリアが危惧したように自分の存在が暴かれ、厄介なことになる。
エレナが生垣から静かに身を引こうとしたその時だ。
頭上の木立が不気味に揺れた。
貴族の庭園に張られた結界のほころびから入り込んだ。
鋭い嘴を持つ黒い大カラスが、泣きじゃくる幼いシャルロットを狙い、音もなく急降下してきた。
気配に気づいたシャルロットが顔を上げた。
恐怖に凍りつき、声を出すこともできず、腰を抜かして動けない。
フェルデンツの血を引くはずなのに、彼女の小さな身体からは大カラスを威嚇する魔力の光は微塵もない。
魔力を持たない四歳の女の子。
かつてエレナを父が切り捨てたように、この子もまた冷酷な貴族の秤に乗せられ怯えている。
「逃げてシャルロット」
無意識のうちに、エレナの足が地を蹴る。
音を立てず、エレナはシャルロットの前に割り込んだ。
突如現れたボロ布をまとう少女に、シャルロットが泣き止んだ。
迫り来る大カラスの嘴。 エレナは慌てず右手の指先をほんの少しだけ払った。
圧縮された極小の風の刃が、魔力の気配すら撒き散らさずに大カラスの翼を切り裂いた。
短い悲鳴を上げ、大カラスは体勢を崩して茂みの奥へと転がり落ちた。
恐怖のあまり闇雲に羽ばたいて逃げ去っていった。
庭園の片隅に、再び静寂が戻った。
エレナは息を整え、ゆっくりと振り返った。
目の前には、土と枯葉に汚れて涙で頬を濡らした四歳の妹が座り込んでいる。
銀色の巻き毛に大きな瞳。 母エリザベスがエレナに向けていたのと同じ、美しさを持った少女。
だがその瞳には、かつてのエレナにあったような怯えの色が色濃くでていた。
「怪我はない」
エレナが静かに問いかけると、シャルロットは震える唇を開いた。
「誰」
豪華なドレスを着て、愛されていると思っていた妹。
間近で見るその首元には、痛々しい青あざがいくつも刻まれていた。
二人の少女の瞳が、生垣の木漏れ日の中で真っ直ぐに交錯した。
豪奢な本邸の檻に囚われた妹、 納屋の底で本物の魔力を手に入れた姉。
運命によって引き裂かれた少女が、初めて言葉を交わした一瞬だった。




