本邸の宴と開かれた扉
ある夜本邸のほうで盛大な祝宴が催された。
新しく生まれたお姫様の誕生を祝う、洗礼の夜会だった。
納屋の小さな窓からも、天井を埋め尽くす無数のシャンデリアのまばゆい光が見える。
宮廷楽団による優雅な調べが夜風に乗って微かに漏れ聞こえてきた。
貴族たちの歓声や、フェルデンツ伯爵家の未来は安泰だと祝杯を上げて杯を合わせる上品な音が元の自分の物語のように思えてきた。
その華やかな喧騒のなかで、一つの声が風に乗ってエレナの耳をかすめた。
四歳の誕生日の夜、手を取り合って踊ったあの婚約者の少年の笑い声だった。
少年はいま、新しい赤ん坊のゆりかごのかたわらに立ち、元の自分に向けられたのと同じ優しい微笑みで、新しいお姫様に語りかけているのだろうか。
かつて交わした約束も、何事もなかったかのように塗り替えられ、新しい赤ん坊へとスライドさせられていた。
元の自分がいた場所と、今の泥まみれの納屋。
その越えられない断絶を肌で感じたとき、エレナの胸の奥を激しい悲しみと痛みが突き刺した。
「エレナ、泣かないで」
いつもは柔らかくささやくだけの妖精の声が、その夜は違った。
本邸から流れ込んでくる莫大な魔力の波動と、祝宴の余韻に反応するように、エレナの周囲を舞う無数の光の玉が、かつてないほど激しく強く輝きを放ち始めた。
パチパチと空気を震わせる羽音が、エレナの頭痛をおさめるように、しかし確かな意志を持って響く。
「どうして、あんなに光っているの」
エレナは震える手で、木箱の隅から古びた蔵書を引っ張り出す。
ページをめくる。
これまでただの難解な文字のられつにすぎなかった古い魔法理論が、頭の中で奇妙なパズルのピースのようにカチリと噛み合った。
本邸から漏れ出てくる魔力の流れ。
妖精たちが教えてくれる光の方向。
自分がこれまで読んできた数々の蔵書の知識。
それらが結びついた瞬間、エレナの中で何かが開く音がした。
四歳という幼さでありながら、瞳の奥に理不尽な世界を看破するような鋭い知性の光が宿った。
「お父様の使っていた炎の魔法はこういう理屈で組み立てられているんだ。私の周りの光はこういうふうに収束させられるかもしれない。そうか魔法はこうやって組み立てるんだ」
エレナがそっと小さな指先を伸ばすと周囲を舞う光の粒子が一点に収束し青白い美しい光の輪郭を描く。
四歳という幼さでありながら、エレナは誰に教わることもなく、本能と知性を融合させて自分だけの魔法の輪郭をつかみ始める。
それは教わった者など誰もいない、エレナ自身の力で掴み取った本物の魔法の兆しだった。
その異様な気配に、暗がりで眠っていたはずの銀髪の女性が息を呑んで起き上がった。
女性は目を見開き、信じられないものを見るような目で光の粉に包まれたエレナの小さな背中を見た。
その冷たい瞳の奥に、かつて自分が持っていたこの屋敷に封じられたはずの強力な魔力の気配を、目の前の幼い少女から感じて身の毛がよだつような戦慄が走った。
「お前は、一体」
かすかに震える女性の声と窓の外から響く本邸の華やかな音楽。
冷たい納屋の底で失われたはずの少女の知性と魔法が静かに確実に目を覚まそうとしていた。




