母の魂の眠りと婚礼
ヴィクトール侯爵領の奥深き丘、百合の花が咲き誇る白亜の霊廟にて母レティシアの正式な改葬の儀が執り行われた。
青空の下、集まった侯爵家の親族や領民たちが静かに涙を流しながら祈りを捧げている。
十年の長きにわたり闇に沈んでいた令嬢の名誉は完全に回復され、魂はついに愛する家族の待つ故郷の大地へと還ってきたのだ。
祖父である老侯爵が震える手で大理石の棺に触れ、祖母がエレナの手を握りしめて涙をこぼした。
エレナは純白の礼装をまとい母の遺骨を納めた小箱を自らの手で棺の奥へと静かに安置した。
首元から外した、煤を払い美しく輝く双翼の鷲の銀の指輪。
エレナは母の眠る棺の上にそっと手向けた。
その瞬間、霊廟の窓から柔らかな光の筋が差し込み大気中の妖精たちが一斉に舞い上がった。
キラキラと輝く光の粒子が棺を包み込み耳元をすり抜ける春風のように澄んだ優しい声がエレナの心に届いた。
「ありがとうエレナ。私の誇り高い愛しい娘」
それは幻影ではなく、確かに暗闇の檻から解き放たれ光の空へと羽ばたいていく母レティシアの魂の微笑みだ。
母の無念は、ここに完全に晴らされ安寧の中へと眠りについたのだ。
エレナの頬を一筋の涙が伝ったが、口元には満ち足りた穏やかな笑みが浮かんでいた。
隣国から知らせがあった。
異母妹シャルロットが決別した際の私の言葉で目が覚ました。
地下牢の中で母レティシアへ弔いの祈り日々を送っている。
お母様に半信半疑で尋ねた。
「お母様、シャルロットのこと本当なのかな。もし本当だったらもういいよね」
お母様からも返答があった。
「シャルロットを見ていた、本当に悔いあらためて毎日祈っているよ。あの子もフェルデンツの犠牲者だ。王都は辛いだろうし、両親を亡くし、頼る者も支えてくれる者もいない。修道院に入れておやり。いつの日か幸せになれることを信じて」
という優しい声が聞こえた。
すぐに隣国に減刑を願いでた。
シャルロットは隣国の南方にある修道院に入る。
穏やかな、あたたかい修道院だ。
これでシャルロットもようやくフェルデンツ伯爵家の檻から抜け出すことができた。
もう会うことは無いかもしれない。
あの子はまだ幼い。
こころを入れかえればきっとやり直しができる。
お母様の言う通り、幸せになれることを信じよう。
それから、数年の歳月が流れた。
王都の大聖堂には、荘厳な鐘の音が響き渡っていた。
この日執り行われたのは、王太子となったカディスと、ヴィクトール侯爵令嬢エレナの世紀のロイヤルウェディング。
大聖堂の巨大な扉が開かれ、色鮮やかなステンドグラスの光が降り注ぐ純白のバージンロードをエレナが一歩ずつ進んでいく。
細やかな銀糸の刺繍が施された豪奢なウェディングドレス。
波打つ美しい銀髪には、妖精たちが編み上げた本物の朝露のティアラが輝き深く澄み渡ったエメラルドグリーンの瞳は息を呑むほどの気高き美貌を放っていた。
祭壇の前で待っていたのは、漆黒の礼装に身を包んだカディスだった。
精悍さを増した若き王太子は、歩み寄る花嫁の姿を宝物を見るような熱い眼差しで見つめていた。
「エレナ。今日という日をどれほど待ち望んだか」
カディスがそっと差し伸べた手にエレナは自らの手を重ねる。
互いの手のひらを通じて、確かな温もりと言葉など必要としない深い信頼が伝わってくる。
吹きさらしの納屋で氷水に手を凍らせ、泥水をすすっていた日々。
地下室の暗闇で閂をかけられ炎の煙に巻かれて一度命を落とした絶望。
理不尽な悪意に満ちた過去のすべてを、エレナは自らの知性と魔力、誇り高い魂で切り拓き塗り替えてみせた。
自らの力で勝ち取った人生の隣には、どんな嵐の時も敬意を忘れず慈しみ支え続けてくれた最愛の人がいた。
神官の前で誓いの言葉が交わされ、カディスが優しくエレナのベールを上げた。
理知的な群青の瞳がエレナを包み込む。
「私の命が続く限り、そなたの気高き魂を敬い愛し抜くことを誓う。我が愛する妻エレナ」
「私も誓います、カディス様。あなたと共にこの国に光に満ちた未来を築いていくことを」
重なり合う唇に、大聖堂を埋め尽くした列席者たちから地鳴りのような祝福の拍手と歓声が沸き起こる。
大聖堂のバルコニーへと進み出ると、眼下には埋め尽くす民衆の歓声と色とりどりの祝福の花吹雪が舞い散っていた。
見上げた空はどこまでも澄み渡るような青空だった。
心地よい風が二人の頬を撫でていく。
カディスがエレナの腰を優しく引き寄せ、二人は微笑み合いながら寄り添って手を振る。
暗闇はどこにもない。
母の愛と誇りを胸に生き抜いた少女は、運命を勝ち取り愛する者と共にどこまでも続く幸福な光の未来へと歩み出した。




