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フェルデンツ伯爵家の檻~エレナとシャルロットの解放~  作者: 春告草


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最高機密会議

真夜中の王城。結界が三重に張り巡らされた最高機密会議室には、重苦しい空気が満ちていた。


机の中央に置かれているのは、無数の亀裂が走り内部の魔力残滓が淡い青白さで明滅している巨大な測定水晶だ。

王立魔導院が誇る最高峰の魔導具の残骸だった。


「絶対に、手放すわけにはまいりません」


机を拳で叩き、血走った目で立ち上がったのは王立魔導院総長バルトロメウスだった。

老境に達したその顔には、魔導を極めんとする者の狂気じみた熱が宿っている。


「陛下、ご覧になられましたか、この亀裂を。七歳の少女は自ら魔力を極限まで抑え込んだ上で測定器を破壊せしめたのです。炎の暴走を一瞬で氷結させた神話級の制御力、大気中の妖精を呼び寄せる才。我が国の興亡を千年先まで担保する生きた国宝でございますぞ」


総長は身を乗り出し唾を飛ばさんばかりにまくし立てる。


「あの娘を隣国に引き渡すなど言語道断。記憶を封じ戸籍を偽造して、王室の隠し子として囲い込むべきです。我が国の名の下で育て上げれば大陸最強の魔導帝国となりましょう」


魔導至上主義の総長の叫び。

その熱狂を切り裂いたのは、氷のように冷徹なアルフレッド公爵の声だった。


「正気か総長殿。己の知的好奇心と欲のためにこの国を灰にする気か」

「公爵、何を無礼な」

「無礼なのは貴様だ」


公爵が一歩踏み出すと騎士団長が放つ鋭利な威圧が室内を圧した。


「相手は誰だと思っている。隣国屈指の武門にして王家と深く血を交えた大貴族ヴィクトール侯爵家だぞ。十年前、忽然と消えた愛娘レティシアを侯爵家はいまもなお捜し続けている。国境地帯にどれほどの密偵が放たれどれだけの血と金が注がれているか知らぬわけではあるまい」


公爵は机の上に、双翼の鷲が刻まれた銀の指輪を叩きつけるように置いた。


「我が国がその血を引く娘の存在を隠蔽し、自国の兵器として囲い込んだことが露見してみろ。侯爵家の怒りは王都へ向かい隣国の全軍が国境を越えて攻め寄せてくる。単なる外交問題では済まん、国家存亡の全面戦争だ」

「それは隠し通せばよいではないか」

「隠せるものか」


公爵の厳しい一喝が響く。


「フェルデンツ伯爵邸の夜会には、百人を超す貴族や使用人がいたのだぞ。あの凄まじい鎮火の光景を、誰の口にも戸を立てずに隠し通せると思うか。ヴィクトール侯爵家の耳に入れば隠蔽した我らは共犯者だ。フェルデンツの暴挙の責任を国ごと背負わされて滅びるぞ」

「しかし。あの才能を隣国に渡せば、軍事バランスは一気に崩壊する。将来的にあの少女が隣国の刃となって我が国に向けられたらどうするのですか」

「だからこそ慎重に運ばねばならん」


二人の激しい舌戦が続き、室内の空気が張り詰める。

その時、沈黙を保って座っていた国王が、深く重い吐息を漏らしながら手を挙げた。


「そこまでだ、両者とも」


国王の低く威厳ある声に、二人は息を呑んで頭を垂れる。

机の上の亀裂が入った水晶を、苦渋に満ちた目で見つめた。


「総長の言も、公爵の危惧も、どちらも分かる。喉から手が出るほど欲しい。あの奇跡をこの国に留め置きたいのは余とて同じだ。だが隠蔽による破滅の賭けに出るほど余は愚かではない」


国王の瞳が、統治者の光を宿した。


「エレナ嬢を隠すことはならん。ヴィクトール侯爵家へありのままに伝える。フェルデンツ伯爵家が犯した前代未聞の重罪を暴き、我が国もまた被害者であり少女を救い出した恩人であるという立場を確立するのだ」

「陛下。至宝をそのまま隣国へ差し出されると」


食い下がる総長に、国王は鋭い視線を向ける。


「手放すとは言ってはおらん。無理やり鎖で繋げばあれほどの才覚を持つ少女だ。我が国を深く怨み、滅ぼす毒となろう。恩と敬意で繋ぎ止めるのだ。フェルデンツの檻から救い出し至高の医療と知識を与えた恩義。そして、両国の未来を背負う者として我が国の王立魔導院と隣国を自由に行き来できる特権を与える」


国王はアルフレッド公爵を見据えた。


「公爵、直ちにフェルデンツ伯爵の身柄を拘束し徹底的な調査を行え。情けは無用。罪のすべてを奴に負わせヴィクトール侯爵家への手土産とする。エレナ嬢には、我が国の最大の誠意を示し続けよ」

「御意」


公爵が深々と一礼し、総長も唇を噛み締めながら従う。



同じ頃。 王立魔導院の最上階豪華な客室のベッドの上で。


月明かりの下、エレナは膝の上に古い書物を広げていた。

魔導院が療養中の退屈しのぎにと差し入れてくれた、一般には閲覧すら許されない古代魔法の学術書だ。


「エレナ、エレナ」


窓の隙間からすり抜けてきた妖精たちが、嬉しそうに囁きかける。


「お部屋の奥で、おじいさんたちが大声で喧嘩してたよ」

「手放したくない」

「戦争になる」


大騒ぎだったよ。


妖精たちが運んできた大人たちの密談の内容をエレナは聞き届けた。

ページをめくる、指先は微塵も震えていなかった。


手放したくない魔導院と、戦争を恐れて丁重に扱わざるを得ない国王。

大人たちが自分という巨大な力と火種を前に、都合の良い落とし所を探ろうと必死に駆け引きをしている。


すべては計算の内だ。

私を利用しなさい。代わりに、私もあなたたちの国を、知識も権力もすべて利用し尽くしてあげる。


エメラルドの瞳に、静かで底知れぬ光が宿る。

七歳の少女は、大国の運命を揺るがす中心にいながら大人たちの思惑の遥か先を見据えていた。


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