魔力測定
王都の中心にそびえる王城の深奥、外部の盗聴を完全に遮断した国王の執務室にて重苦しい密談が交わされていた。
「十年前、我が国とヴィクトール侯爵領との国境付近で消息を絶った、あのレティシア令嬢の娘だと」
椅子に腰掛ける国王の問いかけに、アルフレッド公爵は静かに頭を垂れた。
「間違いございません。少女が肌身離さず持っていたのは、ヴィクトール侯爵家に代々受け継がれる本物の紋章指輪でした。何より、あの少女がフェルデンツ伯爵邸で放った魔力です。百人もの命を呑み込もうとしていた紅蓮の炎を、わずか数秒で氷結させ霧散した。王立魔導院の重鎮たちですら神話の領域と絶句したほどの力です」
国王は苦々しげに額を押さえる。 事態の深刻さは、単なるお家騒動を遥かに超えていた。
「フェルデンツ伯爵が隣国の名門令嬢を監禁し、もてあそんだ末に産ませた娘を奪い、用済みになれば納屋へ捨てて虐待していたとなればヴィクトール侯爵家はおろか、隣国との間で即座に戦争が勃発してもおかしくない大不祥事だ」
「はい。フェルデンツ伯爵家への査問は厳重に行わせますが、エレナ嬢の存在は当面の間、最重要機密として秘匿すべきと存じます。隣国への連絡も、真実を慎重に見極めた上で我が国から使節を送らねばなりません」
「うむ。その少女の身柄は王立魔導院の最奥に置け。万全の治療と警護を施すのだ」
極秘裏に下された王命により、エレナは王立魔導院の特別貴賓病棟へと迎えられた。
そこでの生活は、七年間の泥水をすすってきたエレナにとって、別世界だった。
隙間風の入らない暖かな石造りの部屋。
床には柔らかな絨毯が敷かれ、案内されたベッドにはふかふかの羽毛布団が整えられていた。
運ばれてくる食事は、納屋で分け合っていた残飯や薄い塩水のようなスープではない。
丁寧に煮込まれた柔らかな肉のシチュー、焼きたての白いパン、甘い果実水。
衰弱した身体を思いやり、極上の滋養が詰め込まれた温かな料理ばかりだった。
「温かいのね」
スプーンを握るエレナの手を、専任の女性治癒師が痛ましげな目で見守っている。
手足のしもやけやあかぎれには最高級の軟膏が塗らた。
何重にもかけられた治癒魔法によって、ボロボロだった皮膚は本来の白く滑らかな肌へと蘇っていく。
だが、魔導院の人々を最も驚かせたのは、エレナの振る舞いだった。
「治療を施してくださり心から感謝申し上げます」
七歳でありながら、ボロ布を脱ぎ捨て白い病衣をまとったエレナの所作には、一切の無駄がなく洗練された品格が漂っていた。
取り乱すことも過剰に媚びることもない。
母レティシアから叩き込まれた貴族としての気品、知性が、その立ち居振る舞いの端々から自然と零れ落ちていた。
そして、体力が回復した数日後。
王立魔導院の総長立ち会いのもと、エレナの魔力測定が非公開で行われた。
用意されたのは、宮廷魔導士しか測定できない巨大な水晶の魔導測定具。
「エレナ様、少しだけ手のひらで触れてみてください。無理はなさらぬように」
魔導院総長が優しく促す。 エレナは言われた通りそっと小さな手のひらを冷たい水晶の上に置く。
母の魔力を外に漏らすなという教えに従い、指先一本分の魔力を水晶の中へと流し込んだ。
微量だけ。
澄んだ不穏な音が室内に響く。
次の瞬間、水晶の内部に満ち満ちた眩い青白い光が、針を一瞬で最大値の限界枠へと叩きつける。
さらに光は収まるどころか部屋中へと溢れ出し窓の外からは無数の妖精たちが歌を歌いながら集まってくる。
音を立て、国家最高峰の測定水晶の表面に無数の亀裂が走った。
「馬鹿な」
「魔力を極限まで抑えているにもかかわらず、計器が受け止めきれないだと」
重鎮たちが、椅子から転げ落ちんばかりに息を呑む。
エレナが静かに手を引っ込めると、光は肌の下へと吸い込まれ完全な無の気配へと戻った。
計算し尽くしたように静かに佇む、エメラルド色の瞳の少女。
その底知れぬ才覚の深さを前に、魔導士たちは言葉を失いただ圧倒されていた。




