宴の夜1
シャルロットの才能を披露する盛大な夜会当日。
フェルデンツ伯爵邸は熱気と喧騒に包まれていた。
王都から訪れた使節団や高位貴族たちの馬車が次々と馬車寄せに入って来た。
大広間からは宮廷楽団が演奏が聞えてきた。
屋敷中の警備の目が貴族たちに集中する夜こそ脱出の好機のはずだった。
現実は冷酷だ。
「いいかい、奥様とシャルロット様からお言葉だ。今夜は高貴なお客様ばかりだ、ドブネズミは外へ這い出させるな」
侍女長エミリアの冷たい声とともに、地下の灰捨て場の鉄扉が乱暴に閉ざされた。
ガチャンと金属音が響く、 頑丈な鉄の閂が下ろされ太い鎖が巻き付けられて、南京錠がかけられた。
エリザベスは、アメリアそっくりに成長したエレナの姿を見られることを病的なまでに恐れていた。
そしてシャルロットは、ドブネズミはゴミ箱で震えていろと嘲笑いながら封鎖を命じた。
「出られない」
石床の上に座りエレナは小さく呟いた。
扉の隙間に指先を滑り込ませ魔力で探りを入れる。
掛けられたのは魔力耐性を持つ分厚い重金属の閂だった。
七歳のエレナの身体で力づくで破壊しようとすれば、ごう音が地下に響き渡り、衛兵たちに即座に取り押さえられる。
気配を断つ音のしない身のこなしを叩き込まれてきたエレナにとって破滅を意味していた。
脱出できない。 練り上げてきた計画がたった一本の閂によって無惨に塞がれてしまう。
「エレナ、扉がびくともしないよ」
「外に人がいっぱいいて鎖を壊そうとすると見つかっちゃう」
妖精たちが焦ったように飛び回り細い羽音を震わせた。 窓ひとつない地下室の暗闇。
換気口の隙間から届くのは、頭上の大広間で始まった祝宴のざわめきと、グラスの触れ合う音だけだ。
エレナは壁に背を預け冷たい床へと座り込んだ。
胸の奥で母の形見である銀の指輪を握りしめた。
悔しさに唇を噛み締めると血の味が口の中に広がる。
すべてを奪われ、納屋で泥水をすすり母の命を削りながら手に入れた知性と魔法。
なおも、身勝手な貴族たちの気まぐれ一つで、暗闇の底へと閉じ込められてしまった。
理不尽な無力感が、部屋の灰のようにエレナの胸に積もる。
その時だ。
大広間のあたりから、鈍く不穏な振動が伝わってきた。
天井を走る巨大な暖炉の煙道が、内側から激しく軋みを上げる。
「熱い煙道が燃えてるよ」
妖精の悲鳴が聞こえる。
頭上から微かに漏れ聞こえてきたのは、優雅な音楽ではなく貴族たちの短い悲鳴と怒号だ。
シャルロットが自慢げに放った竜の炎。
エレナの補助なしで未熟な炎が、大勢の称賛に少女の心が舞い上がり、制御を失い暴走を始めた。
煙道を通じ、息苦しいほどの熱気と黒煙が逃げ場のない地下室へと急速に逆流し始めた。




