光と影2人の少女
翌朝、冷たい雪が降り続いていた。納屋の扉を侍女長エミリアが乱暴に蹴り開ける。
「いつまで寝ているんだ」
文句を言いかけたエミリアの視線が、冷たくなっているレティシアの遺体と、そばで無言で座り込むエレナに留まった。
エミリアは露骨な嫌悪の表情で鼻をつまみ、舌打ちを一つ落としす。
「死んだのかい。手間の増えることばかりしてくれる。お前は」
冷酷な声がエレナにおちてくる。
「座っていないで、裏山の崖下にでも引きずり落としておきな。フェルデンツ伯爵家の墓所はおろか、土を掘るスコップすら無駄飯食らいの死体にはもったいない」
「かしこまりました」
エレナは俯き、教わった通りに従順の礼をする。
顔を伏せ肩を小さく震わせて無力な子供を演じる。
伏せた前髪の奥で、エメラルド色の瞳は氷よりも冷たく研ぎ澄まされていた。
その日の深夜、エレナは音もなく行動を開始した。
母の遺体を、風の魔力で浮かせ、妖精たちの道案内に導かれて屋敷の結界の綻びから外へと抜け出す。
向かったのは屋敷から遠く離れた、清らかな小川が流れる美しい森の奥。
生前お母様が夜の特訓の合間に故郷の森に少し似ていると小さく呟いていた場所だ。
エレナは土の魔力を操り、音を立てずに深く清らかな墓穴を掘った。
妖精たちが集めてきた冬の白い野花を敷き詰め母の亡骸を優しく横たえた。
指から外した擦り切れて煤けた銀の指輪。
裏面の汚れを落とすと、ヴィクトール侯爵家の紋章である双翼の鷲が彫刻となって刻まれていた。
命がけで隠し通した遺した唯一の生家の証。
エレナはその指輪に細い革紐を通し首に巻き付けた。
服の奥肌の熱が触れる場所の長さにした。
「お母様レティシア様。いつか必ずあなたを本当の故郷へ連れて帰るわ」
土を戻し、苔と枯れ葉で表面を覆う。
墓標など立てない。
本邸の者たちに暴かれる危険を残さないための配慮だった。
無数の妖精たちが淡い光を灯し誰にも見えない光の結界を作りその眠りを守っていた。
納屋に戻ると、以前にも増して完全な孤独が広がっていた。
二人で分け合っていた過酷な労働は、七歳のエレナ一人にのしかかった。
手足の皮は剥け、氷水で感覚を失う日々。
心は折れるどころか、日ごとに硬く鋭い刃へと鍛え上げられていく。
夜、一人になった納屋の暗闇の中でエレナは母の日記を指先でなぞった。
古書を読み漁り大陸の地理を頭に叩き込む。 この国と隣国を隔てる広大な山脈。
抜け道はないか必死にさがした。
脱出するための力。
フェルデンツ伯爵家が手出しできないほどの圧倒的な力と知略が必要だった。
そのころの本邸。
竜の炎を発現させたシャルロットは、本邸の頂点で日常を謳歌していた。
「見てお母様。私の炎こんなに高く燃え上がるのよ」
シャルロットが小さな指先を振ると、暖炉の炎が呼応するように真紅に揺らめく。
周囲の侍女たちは感嘆の声を上げロバートは満足げに目を細めていた。
「素晴らしいぞ、シャルロット。さすがは我がフェルデンツの後継ぎだ」
神童と言われ、豪華なドレスと宝石に彩られる日々。
四歳のシャルロットの心に、私こそ最高の存在なのよと言う歪んだ傲慢さが急速に芽生えはじめていた。
魔力を持たないと罵られ折檻に怯えていた記憶は、偉大なる覚醒のための試練として都合よく塗り替えられている。
そしてあの日、裏庭のバラ園で巨大な大カラスに襲われた出来事は、 あまりの恐怖とショックのため、幼い記憶から完全に抜け落ちていた。
汚れたボロ布をまとい、庇ってくれた緑の瞳の少女のことも。 大カラスの翼を一瞬で切り裂いた鋭い風の刃のことも。 深いトラウマの底へ封じられ綺麗さっぱり忘れ去られてた。
記憶にあるのは、特別である自らの力だけで奇跡の炎を目覚めさせたという万能感だけだ。
「ねえ、あっちの薄汚い納屋には誰がいるのかしら」
ある日、窓辺から吹きさらしの納屋を見下ろし侮蔑を込めて侍女に尋ねた。
「昔捨てられた無能な娘が住んでおりますよ。お嬢様のお目汚しになる者です」
「そんなドブネズミみたいな子、私の視界にも入れたくないわ。そうだわ、面白いこと思いついたわ。)あのドブネズミをこの屋敷で働かせるのはどうかしら」
面白いことを思いついたように口元に笑みを浮かべた。 自分がそのドブネズミの知性と魔力によって命を拾救われ、炎を与えられたことなど夢にも思わなかった。
冷え切った吹きさらしの納屋で、静かに知性と魔力を研ぎ澄ます姉。
虚飾の栄華に酔い痴れ見下ろす本邸で傲慢に咲き誇る妹。
二人の道は、光と影のように決定的に分かたれ、交錯の時を待っていた。




