シャルロットの魔力覚醒
換気口の隙間から滑り込ませた黒い粉が、魔石を留める銀の金具に触れた。
金属が軋む嫌な音が密室に響く。 腐食の薬効は一瞬で金具を砕けた。
抑えを失った高密度の魔石が歪な脈動を始める。
「何が起きたんだ」
魔導士が狼狽えたときは、すでに遅かった。
限界まで魔力を溜め込んでいた石に無数の亀裂が走る。
激しい炸裂音とともに魔石が壊れた。暴走した魔力が四方へと吹き荒れる。
その場にいたシャルロットの小さな身体を内側から焼き尽くすはずの致命的な衝撃だった。
その刹那。 窓の外から潜り込ませていたエレナの風の魔力と、妖精たちの加護が、目に見えぬ薄い膜となってシャルロットの周囲に展開した。 エレナは歯を食いしばり、皮膚の下で限界まで魔力を操作して、暴走するエネルギーをねじ曲げたのだ。
荒れ狂う魔力の破片が、エレナの誘導によってシャルロットの魔力経路へ、まるで鍵穴に鍵を差し込むように一点集中で注ぎ込まれる。
「カチリ」
奥底で固く閉ざされていた扉が開く音がした。
「どうしたの」
シャルロットの小さな喉から微かな声が漏れた。 次の瞬間、吹き荒れていた暴風がピタリと止まり、幼い少女の全身からまばゆいばかりの深紅の炎が噴き上がった。
それは、フェルデンツ伯爵家が何世代にもわたって持っている、竜の炎の輝きだった。
自らの意志を持ったかのように揺らめく炎は、シャルロットを傷つけることなく、背後にうっすらと小さな翼の輪郭を描き出した。 部屋の隅に転がった魔導士が震え上がった。
「まさか、魔力無しの器が覚醒した」
扉を蹴破って駆け込んできたロバート伯爵は、目の前の光景に息を呑む。
部屋を焦がす神聖な紅蓮の炎。その中心で凛とした光を放ちながら立ち尽くす四歳の我が娘。
「フェルデンツの炎だ」
ロバートの顔に、狂喜の笑みが戻った。
実験の失敗と危険を招いた魔導士を捕縛するように衛兵へ命じる。
「この無能を地下牢へ叩き込め二度と日の目を見させるな。フェルデンツに真の竜の血を継ぐ神童が誕生したとすぐに神殿と王都へ早馬を出せ。」
広がる歓声、エリザベスの涙。 悪徳魔導士は引きずり出され、地下牢へ幽閉された。
シャルロットへの凄惨な拷問は完全に幕を閉じた瞬間だった。
凍てつく外壁、雪の降り積もる換気口の影で、エレナは小さく息を吐き出した。
極限の集中から解放され、冷たい指先がかすかに痺れていた。
シャルロットの中にに眠っていた炎を、衝撃を利用して無理やりこじ開けた。
エレナの精密な魔力制御と、妖精たちの導きがあってこその、紙一重の賭けだった。
「エレナ、あの子すごい炎を出したね」
「本邸のみんな、大騒ぎしてるよ」
妖精たちが雪の中で飛び跳ねる。 窓の向こうで、シャルロットが父ロバートに抱き上げられ生まれて初めて寵愛を受けていた。 恐怖に怯えていた妹の顔に、誇らしげな笑みが浮かんでいた。
その覚醒が誰の知性によってもたらされたのは誰も知らない。
「帰ろう」
エレナは思わず呟く。フードを目深に被り、音もなく足跡も残さず雪を踏みしめて踵を返す。
本邸の窓から漏れ出る紅蓮の光は、エレナの背中をただ冷たく見送った。
光の中にいる妹と、より深い影へと潜む姉。
二人の運命の歯車は、誰も予想しなかった形で、さらに過酷に回り始めた。




