第八話 初めての贈り物
第八話 初めての贈り物
朝食を終えた頃だった。
レオンは机の上に積まれた依頼書へ目を通していた。
「今日は町の薬屋まで薬を届けてくる。」
「はい。」
「昼頃には戻る予定だ。」
最近は、出掛ける前に必ず予定を教えてくれる。
私も自然と、
「気を付けてくださいね。」
と言うようになっていた。
「……ああ。」
短く頷くレオンを見送る。
玄関の扉が閉まる音がすると、家の中は急に静かになった。
(今日は何をしようかな。)
掃除は終わっている。
洗濯も昨日済ませた。
薬草も干してある。
少しだけ庭を歩いていると、先日植えた花の近くに、小さな白い花が咲いていることに気付いた。
「かわいい……。」
しゃがみ込んで眺めていると、ふと良いことを思いつく。
(レオンさん、いつも私にいろいろしてくれるから……。)
今日は私がお礼をしたい。
花を摘み、小さく束ねる。
庭に咲いていた青い花も一本。
黄色い花も一本。
誰かに花束を作るなんて初めてだった。
◇◇◇
その頃。
町では。
「先生。」
薬屋の主人が荷物を受け取りながら笑った。
「最近、雰囲気が柔らかくなりましたね。」
「そうだろうか。」
「ええ。」
「何か良いことでも?」
レオンは少し考える。
「……家が少し賑やかになった。」
「ほう。」
「それだけだ。」
本人は本当に、それだけだと思っている。
主人はにやりと笑ったが、それ以上は何も言わなかった。
◇◇◇
昼過ぎ。
レオンが帰宅すると、玄関には誰もいなかった。
「……?」
いつもなら、
『おかえりなさい。』
と迎えてくれる。
少しだけ寂しく思いながら家へ入ると、
「あっ!」
奥から慌てた声が聞こえた。
「レオンさん、おかえりなさい!」
ぱたぱたと走ってくる。
両手を後ろに隠したまま。
「どうした。」
「えっと……。」
少し恥ずかしそうに俯いてから。
「いつもありがとうございます。」
そう言って、小さな花束を差し出した。
「これ……庭のお花です。」
レオンは動かなかった。
花束と彼女を交互に見つめる。
「私が作りました。」
返事がない。
(やっぱり変だったかな……。)
不安になりかけた、その時。
「……私に?」
「はい。」
ようやく受け取った花束を、レオンはまるで壊れ物のように大切に持った。
「ありがとう。」
いつもより少しだけ優しい声。
私はほっと笑う。
「喜んでもらえてよかった。」
◇◇◇
その日の夕方。
私は台所で夕食の準備をしていた。
一方レオンは。
研究室で花瓶を探していた。
「……。」
棚を開ける。
ない。
戸棚を開ける。
ない。
「花瓶がない……。」
薬品の瓶なら何百本もある。
試験管もある。
保存容器もある。
でも花を飾るための花瓶だけは、一つも持っていなかった。
しばらく悩んだ末。
透明な薬液瓶を丁寧に洗い、花を生ける。
「これでいいか。」
少し不格好だけれど。
花は嬉しそうに揺れていた。
◇◇◇
夕食のあと。
私は研究室へ呼ばれた。
「何かありましたか?」
「……これを。」
机の上を見る。
「あっ!」
昼間渡した花束だった。
「飾ってくれたんですね!」
「ああ。」
嬉しくて思わず笑顔になる。
「ありがとうございます。」
その笑顔を見て。
レオンはふと尋ねた。
「花は好きか。」
「はい。」
「見ると落ち着くので。」
静かな返事だった。
レオンは頷く。
「……分かった。」
それだけ言う。
彼女は気付かなかった。
その日の夜。
研究予定を書き込む手帳の片隅に、新しく一行増えていたことを。
『庭に四季を通して花が咲くよう植え替えを検討する。』
万能薬の研究計画。
薬草の収穫時期。
希少植物の栽培記録。
それらが並ぶページの、一番下。
その予定だけが。
研究ではなく、一人の少女の笑顔のために書かれた初めての計画だった。




