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第三十九話 あなたを迎えに

第三十九話 あなたを迎えに


 翌日。


 薬草市で受け取った薬草を整理していると、アルバートがふと思い出したように言った。


「そういえば昨日、広場で若い旅人を見かけました。」


「旅人?」


「ええ。珍しい人を見ると、あちこちで話しかけていたみたいですよ。」


 レオンは手を止めなかった。


 村には時折旅人が立ち寄る。


 それ自体は珍しいことではない。


「りつかさんにも話しかけていましたよ。」


 その一言で、レオンの指先がぴたりと止まった。


「……そうか。」


 声は穏やかだった。


 けれど胸の奥に、小さな波紋が広がる。


◇◇◇


 その日の午後。


 りつかは昨日買い忘れたリボンを買うため、もう一度村へ向かっていた。


「すぐ戻ります。」


「暗くなる前に帰ろうと思います。」


「ああ。」


 レオンは穏やかに送り出した。


 昨日と同じように。


 信頼しているからこそ、止めなかった。


◇◇◇


 店を出た帰り道。


「あれ?」


 昨日広場で見かけた青年が、手を振って近づいてきた。


「あ、昨日の。」


「こんにちは。」


「こんにちは……。」


 りつかは小さく会釈する。


「昨日は急いでたみたいだったからさ。」


「少し話さない?」


「その……。」


 りつかは困ったように笑う。


「帰らないといけないので……。」


「少しくらい大丈夫でしょ。」


 青年に悪気はない。


 ただ、人懐っこいだけなのだ。


 だからこそ、りつかは強く断れない。


「家で待ってる人とか?」


 何気ない問いに、りつかは一瞬考える。


 そして、自然に答えた。


「はい。」


「待ってくれている人がいます。」


 その言葉には、迷いがなかった。


◇◇◇


 同じ頃。


 診療所では診察が予定より早く終わっていた。


 レオンは時計を見る。


「……。」


 今日はまだ早い。


 迎えに行く理由などない。


 それでも。


(帰り道くらい、一緒に歩こう。)


 そんな気持ちがふと胸に浮かんだ。


 自分でも少し可笑しく思いながら、外套を羽織る。


◇◇◇


 村へ続く道。


 少し先に、見覚えのある後ろ姿が見えた。


 りつかだった。


 その前には、一人の青年が立っている。


 楽しそうに話しかけている青年。


 困ったように笑うりつか。


 その光景を見た瞬間。


 レオンの胸が、静かに締めつけられた。


 足は自然と二人の方へ向かう。


「りつか。」


 低く穏やかな声。


 その声を聞いた瞬間、りつかの表情がぱっと明るくなった。


「レオンさん!」


 その笑顔は、今まで見たどんな笑顔よりも安心したものだった。


 まるで「迎えに来てくれる」と信じていたかのように。


 レオンはりつかの隣へ立ち、青年へ軽く会釈する。


「いつもお世話になっております。」


 青年はその姿を見て、一瞬だけ目を見開いた。


 目の前の青年は礼儀正しい。


 声も穏やかだ。


 なのに、なぜか近寄りがたい。


 鋭いわけではない。


 威圧しているわけでもない。


 それでも自然と、「この人の大切な人なのだ」と分かってしまう空気があった。


「あ、えっと……。」


 青年は苦笑しながら一歩下がる。


「引き止めちゃってすみません。」


「いえ。」


 レオンは静かに首を振った。


「話しかけていただき、ありがとうございました。」


 その言葉にも棘はない。


 だからこそ、青年は素直に笑った。


「それじゃあ。」


 手を振り、去っていく。


◇◇◇


 二人は並んで雪道を歩き始める。


「ごめんなさい。」


 りつかが申し訳なさそうに俯く。


「少し困ってしまって……。」


 レオンはゆっくり首を振った。


「謝ることではない。」


「君はちゃんと断ろうとしていた。」


「……はい。」


 その優しい声に、りつかはほっと息をつく。


「迎えに来てくださって、ありがとうございました。」


 素直なお礼だった。


 レオンは少しだけ空を見上げる。


「……迎えに来て良かった。」


 その言葉は、りつかには何気ない一言に聞こえた。


 けれどレオンの胸の内では、もっと大きな意味を持っていた。


 迎えに来られて良かった。


 彼女が困っている時に隣へ行けて良かった。


 そして何より。


 彼女が自分を見つけた瞬間、あんなにも安心して笑ってくれた。


 その笑顔を思い出すだけで、胸がいっぱいになる。


(私は……。)


 雪を踏みしめながら、静かに思う。


(あの笑顔を。)


(これから先も、守っていきたい。)


 それはもう、淡い恋心ではなかった。


 誰かの幸せを、人生をかけて願うほどの。


 深く、静かな愛へと変わり始めていた。

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