表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/48

第三十五話 少しだけ甘えてもいいですか

第三十五話 少しだけ甘えてもいいですか


 雪が降り始めてから数日。


 朝の冷え込みは、ますます厳しくなっていた。


 りつかは診療所の窓を拭きながら、小さくくしゃみをする。


「くしゅん……。」


「寒いか。」


 薬棚を整理していたレオンが顔を上げる。


「だ、大丈夫です。」


 慌てて笑ってみせる。


 けれど、その笑顔は少しだけぎこちなかった。


◇◇◇


 昼過ぎ。


 診療所へ来た患者が帰ると、レオンは静かに声をかけた。


「りつか。」


「はい?」


「少し座りなさい。」


「え?」


「顔色が少し悪い。」


 りつかは驚いて自分の頬に触れる。


「そうですか?」


「ああ。」


 レオンは薬師としての真剣な目をしていた。


「熱は……ないですね。」


 額へ手を当てる。


 その仕草はあまりにも自然で、りつかも身を任せてしまう。


「少し疲れているだけでしょう。」


「ここ数日、雪でも外へ出ていたから。」


 りつかは申し訳なさそうに俯いた。


「私、役に立ちたくて……。」


 その一言に、レオンはゆっくり首を振る。


「君は十分役に立っている。」


「でも。」


「無理をして体調を崩したら。」


 少しだけ困ったように笑う。


「私が困る。」


◇◇◇


 その言葉に、りつかは目をぱちぱちと瞬かせた。


「レオンさんが……?」


「ああ。」


 レオンは当たり前のように頷く。


「君が笑っていてくれた方が、この家は明るい。」


「だから。」


「無理だけはしないでほしい。」


 りつかの胸が、じんわりと温かくなる。


 自分が頑張れるかどうかではなく。


 自分が元気でいることを望んでくれる人がいる。


 そんな経験は、いつ以来だろう。


◇◇◇


 夕方。


 薬草を運ぼうとしていたりつかは、大きな木箱の前で立ち止まった。


 少し重そうだ。


「……。」


 今までの自分なら。


 一人で運ぼうとしていた。


 迷惑をかけたくないから。


 でも今日は違った。


 少しだけ勇気を出して。


「レオンさん。」


「どうした。」


「あの……。」


 恥ずかしそうに笑う。


「手伝っていただいても、いいですか?」


 一瞬だけ静寂が流れる。


 そしてレオンは、穏やかに微笑んだ。


「もちろんだ。」


 それだけ言って木箱を軽々と持ち上げる。


「どこへ運べばいい。」


「こっちです!」


 二人で並んで歩く。


 木箱は重いはずなのに。


 りつかの足取りは、不思議なくらい軽かった。


◇◇◇


 夜。


 暖炉の前でノアを撫でながら、りつかはぽつりと呟く。


「私。」


 ノアが顔を上げる。


「少しだけ、変われたのかもしれない。」


 誰かに頼ること。


 助けてと言うこと。


 それは弱さではなく、信頼なんだと。


 今日、初めて思えた。


 その向こうで、本を読んでいたレオンは顔を上げる。


「何か言ったか。」


「ううん。」


 りつかは首を振り、柔らかく笑った。


「なんでもありません。」


 でも心の中では、そっと思う。


(レオンさんだから、お願いできた。)


(レオンさんだから、安心して頼れた。)


 まだ、それが恋だとは気づいていない。


 けれど、小さな種は確かに芽吹き始めていた。


 雪解けを待つ春の芽のように、静かに、優しく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ