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第三十四話 冷たい手、あたたかい手

第三十四話 冷たい手、あたたかい手


 冬の朝は冷える。


 暖炉に火を入れても、廊下にはひんやりとした空気が残っていた。


 りつかは庭の薬草を見に行き、小走りで家へ戻ってくる。


「た、ただいまです……!」


 頬を真っ赤にして玄関を閉める。


 息も白い。


「外は寒かったか。」


 レオンがタオルを差し出した。


「はい……!」


 りつかは笑うが、指先はすっかり冷え切っていた。


 手袋をしていても、雪を払ったせいで冷たくなってしまったらしい。


「見せて。」


「え?」


 言われるまま両手を差し出す。


 レオンはそっとその手に触れた。


「……冷たい。」


 思わず眉を寄せる。


「大丈夫です!」


「少ししたら温まりますから。」


「それでは遅い。」


 レオンは静かに暖炉の前へ歩く。


「座って。」


「はい。」


 りつかが椅子へ腰掛けると、レオンは湯たんぽを持ってきた。


「まずはこれを抱えて。」


「ありがとうございます。」


 湯たんぽの温もりが、じんわりと伝わる。


 ほっと息をついた、そのときだった。


「失礼。」


 レオンは自分の両手で、りつかの手をそっと包み込んだ。


「えっ……。」


 りつかは目を丸くする。


 大きな手。


 薬草を摘み、薬を調合し、多くの患者を救ってきた手。


 その手は驚くほど温かかった。


「血の巡りが悪くなっている。」


 レオンは真剣な表情のまま言う。


「こうすると温まりやすい。」


「は、はい……。」


 りつかはどきどきしていた。


 でも、それは嫌な緊張ではない。


 優しさに包まれているような、不思議な安心感だった。


 レオンは手をさすりながら、本当にそれだけを考えている。


 ――少なくとも、そう見えた。


 けれど胸の内では。


(柔らかい……。)


 自分の鼓動が少しだけ速くなっていることに気づいていた。


 もちろん表情には出さない。


 薬師として手当てをしている。


 それだけだ。


 そう自分に言い聞かせる。


 しかし、恋を知ってしまった心は、以前のようには誤魔化せなかった。


「……少し温まったか。」


「はい。」


 りつかは微笑む。


「もう大丈夫です。」


「それなら良かった。」


 レオンは名残を惜しむような気持ちを胸の奥へしまい、静かに手を離した。


◇◇◇


 昼頃。


 アルバートが薬を受け取りに来る。


「今日は雪道でしたから冷えたでしょう。」


 りつかがお茶を差し出すと、アルバートは嬉しそうに受け取った。


「ありがとうございます。」


 するとノアが、てちてちと歩いてレオンの膝へ飛び乗る。


「にゃ。」


 丸くなって、すぐに眠ってしまう。


 アルバートはその様子を見て笑った。


「先生。」


「最近はすっかり湯たんぽ代わりですね。」


 レオンも苦笑する。


「そうらしい。」


「人も猫も、温かいところが好きなんですよ。」


 アルバートのその一言に、りつかは思わずレオンを見る。


 レオンは首を傾げるだけだった。


 何気ない会話。


 でも、りつかの胸には不思議と残った。


 ――温かいところが好き。


 それなら。


 自分がこの家を好きなのも、きっと同じ理由なのかもしれない。


◇◇◇


 夜。


 窓の外では雪が静かに降り続いていた。


 りつかは暖炉の前で、今日借りた母の手袋をそっと撫でる。


 その毛糸には、どこか優しい温もりが残っている気がした。


「レオンさん。」


「何だ。」


「ありがとうございます。」


「今日は手も。」


「手袋も。」


「全部。」


 レオンは少し驚いたように目を瞬かせ、それから穏やかに笑った。


「ああ。」


「どういたしまして。」


 その笑顔を見て、りつかも笑う。


 暖炉の火が静かに揺れる。


 冬の寒さは厳しい。


 それでも、この家の中だけは、春のように穏やかで温かかった。

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