第三十三話 はじめての冬
第三十三話 はじめての冬
朝、窓を開けたりつかは、小さく息を呑んだ。
「わあ……。」
庭一面が、白く染まっている。
花壇も。
温室の屋根も。
森へ続く小道も。
すべてが柔らかな雪に包まれていた。
「雪……。」
思わず窓辺へ駆け寄る。
元の世界でも雪は見たことがある。
けれど、この世界で見る雪は、どこか特別だった。
ここで暮らし始めてから迎える、初めての冬だから。
◇◇◇
「おはよう。」
後ろからレオンの声がする。
「おはようございます!」
りつかは嬉しそうに振り返った。
「見てください!」
「雪です!」
「ああ。」
レオンも窓の外を見つめ、穏やかに微笑む。
「今年は少し早いな。」
「寒くないですか?」
「寒いです!」
元気よく答えて、自分で笑ってしまう。
そんな様子を見て、レオンもくすりと笑った。
◇◇◇
朝食を終えると、りつかは玄関で厚手の外套を羽織っていた。
「少しだけ見てきます!」
「待ちなさい。」
レオンが呼び止める。
「手袋を。」
「あっ。」
忘れていた。
差し出された毛糸の手袋は、少し大きい。
「これは?」
「母のものだ。」
レオンは静かに言う。
「大事に取ってあった。」
りつかはそっと受け取る。
「……お借りしてもいいんですか?」
「ああ。」
「母も喜ぶと思う。」
その言葉に、りつかは胸がじんと温かくなった。
「ありがとうございます。」
大切そうに手袋をはめる。
少しだけ大きいけれど、不思議とぴったりな気がした。
◇◇◇
庭へ出ると、ノアが勢いよく雪へ飛び込んだ。
「にゃっ!?」
冷たさに驚いて飛び上がる。
「ふふっ!」
りつかは思わず笑い声を上げた。
「びっくりしたね。」
ノアは雪を前足でつつき、また飛び跳ねる。
今度は少し楽しくなったらしく、雪の上へ小さな足跡をたくさん残していく。
「レオンさん!」
「見てください!」
「足跡がかわいい!」
レオンも外へ出てきて、その光景を眺める。
「ああ。」
白い雪の上に続く、小さな足跡。
その隣には、りつかの足跡。
そして、自分の足跡。
三つ並んで家まで続いている。
その景色を見た瞬間。
レオンは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
◇◇◇
「冷えてきました。」
レオンが声をかける。
「そろそろ中へ。」
「はーい!」
りつかはノアを抱き上げる。
玄関へ戻る途中、ふと振り返った。
「レオンさん。」
「どうした。」
「今年の冬は、きっと楽しいですね。」
その一言に、レオンは静かに頷く。
「ああ。」
「そうだな。」
去年の冬は、研究だけだった。
その前の冬も。
さらに前も。
雪景色を見ても、何も感じなかった。
けれど今年は違う。
帰れば暖炉がある。
温かい食事がある。
「おかえり」と言ってくれる少女がいる。
足元には、小さな白い猫がいる。
同じ冬なのに。
世界がこんなにも温かく見えるなんて、思ってもみなかった。
◇◇◇
夜。
暖炉の火がゆらゆらと揺れている。
ノアは丸くなって眠り、りつかは編み物の本を読んでいた。
「レオンさん。」
「はい?」
「私……。」
少し照れながら笑う。
「この冬、好きになれそうです。」
レオンは本を閉じ、穏やかな目で彼女を見つめる。
「私もだ。」
短い言葉。
けれど、その意味は去年までとはまるで違っていた。
暖炉の温もりだけではない。
誰かと過ごす時間が、冬を温かくしてくれる。
そんな当たり前の幸せを、二人は少しずつ知り始めていた。




