第三話 はじめてのお手伝い
第三話 はじめてのお手伝い
翌朝、目を覚ますと窓から柔らかな朝日が差し込んでいた。
「……朝?」
ふかふかのベッド。
清潔な部屋。
昨日の出来事が夢だったのではないかと思ったけれど、鼻先をくすぐる薬草の香りが、それが現実だと教えてくれる。
そっと部屋を出ると、廊下の先から規則正しい音が聞こえてきた。
コト、コト……。
覗き込むと、レオンさんが調合台に向かっていた。
白いシャツの袖を肘までまくり、乳鉢で薬草をすり潰している。
朝日を浴びた横顔は真剣そのもので、昨日より少しだけ近寄りがたい雰囲気に見えた。
「あ……お、おはようございます。」
声を掛けると、手を止めずにこちらを見る。
「おはよう。よく眠れたか。」
「はい。」
「それなら良かった。」
それだけ言うと、また手元へ視線を戻す。
本当に研究が好きなんだ。
邪魔をしてはいけない気がして、私は静かに台所へ向かった。
「……え。」
思わず声が漏れる。
流しには洗い終わった食器が整然と並び、鍋も磨かれている。
昨日使った食器も全部。
(朝のうちに全部やったの……?)
しかも、食卓には朝食まで用意されていた。
焼きたてのパン。
野菜の入ったスープ。
卵料理。
そして、甘い香りのする果物。
「すごい……。」
「どうした。」
後ろから声がして振り返る。
「レオンさん、全部一人で?」
「ああ。」
「毎日ですか?」
「そうだ。」
私は言葉を失った。
研究をして、薬を作って、患者さんも診て、家事も全部。
それを一人で。
「あの!」
勢いよく声を上げる。
「私、お手伝いします!」
レオンさんは少しだけ目を丸くした。
「必要ない。」
「でも……!」
「客人に家事をさせるわけにはいかない。」
「客人じゃなくて、居候です……。」
思わずしゅんと肩を落とす。
食べさせてもらって、寝かせてもらって。
何も返せていない。
「私、このままじゃ申し訳なくて……。」
その一言に、レオンさんは少し考え込む。
「……そうか。」
しばらく沈黙したあと、小さく頷いた。
「では、一つだけ頼みたいことがある。」
「はい!」
「薬草を干すのを手伝ってくれるか。」
ぱっと顔が明るくなる。
「もちろんです!」
そうして二人は家の裏へ向かった。
そこには木で組まれた棚が何列も並び、その上いっぱいに薬草が広げられていた。
「すごい……。」
「乾燥させることで保存が利く。」
レオンさんは薬草を一束手に取る。
「これは葉を重ねると傷む。」
「はい。」
「こちらは日陰。」
「はい!」
「これは日に当てる。」
「はい!」
返事だけは元気だ。
けれど。
「きゃっ。」
薬草を落とした。
「……す、すみません!」
慌てて拾おうとして別の籠にぶつかる。
ガタン。
「あっ!」
今度は籠が倒れた。
薬草が辺り一面に散らばる。
「ご、ごめんなさい!」
顔が真っ赤になる。
何をやっているんだろう。
手伝うどころか迷惑ばかり。
泣きそうになりながら薬草を集めていると、不意に大きな手が私の前に差し出された。
「慌てなくていい。」
レオンさんだった。
怒っている様子はない。
「薬草は逃げない。」
「でも……。」
「君が怪我をする方が困る。」
そう言って、散らばった薬草を一緒に拾い始める。
私は恐る恐る尋ねた。
「怒らないんですか?」
「何故?」
「私、失敗ばかりで……。」
レオンさんは少し首を傾げる。
「初めてなのだから失敗するのは当然だ。」
あまりにも当たり前のように言われて、私は思わず黙ってしまった。
今まで誰かにそんなふうに言われたことがあっただろうか。
「……ありがとうございます。」
ぽつりと呟くと、レオンさんは小さく頷いた。
「次はゆっくりやればいい。」
それだけだった。
でも、その一言だけで、不思議とまた頑張ろうと思えた。
作業を終えた帰り道。
庭の隅で白い花が風に揺れていた。
私が足を止めると、レオンさんも立ち止まる。
「綺麗……。」
「その花が好きか。」
「はい。」
花びらにそっと触れながら頷く。
レオンさんは花をしばらく見つめると、静かに言った。
「種なら余っている。」
「え?」
「庭の好きな場所に植えてもいい。」
思わず振り返る。
「いいんですか?」
「ああ。」
短い返事。
でも、その言葉には不思議と温かさがあった。
——この庭に、私が植えた花が咲く。
その未来を想像しただけで、胸の奥が少しだけあたたかくなった。
知らない世界。
知らない家。
知らない人。
それなのに。
ほんの少しだけ。
ここが居心地のいい場所だと、思い始めている自分がいた。




