表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/48

第三話 はじめてのお手伝い

第三話 はじめてのお手伝い


 翌朝、目を覚ますと窓から柔らかな朝日が差し込んでいた。


「……朝?」


 ふかふかのベッド。


 清潔な部屋。


 昨日の出来事が夢だったのではないかと思ったけれど、鼻先をくすぐる薬草の香りが、それが現実だと教えてくれる。


 そっと部屋を出ると、廊下の先から規則正しい音が聞こえてきた。


 コト、コト……。


 覗き込むと、レオンさんが調合台に向かっていた。


 白いシャツの袖を肘までまくり、乳鉢で薬草をすり潰している。


 朝日を浴びた横顔は真剣そのもので、昨日より少しだけ近寄りがたい雰囲気に見えた。


「あ……お、おはようございます。」


 声を掛けると、手を止めずにこちらを見る。


「おはよう。よく眠れたか。」


「はい。」


「それなら良かった。」


 それだけ言うと、また手元へ視線を戻す。


 本当に研究が好きなんだ。


 邪魔をしてはいけない気がして、私は静かに台所へ向かった。


「……え。」


 思わず声が漏れる。


 流しには洗い終わった食器が整然と並び、鍋も磨かれている。


 昨日使った食器も全部。


(朝のうちに全部やったの……?)


 しかも、食卓には朝食まで用意されていた。


 焼きたてのパン。


 野菜の入ったスープ。


 卵料理。


 そして、甘い香りのする果物。


「すごい……。」


「どうした。」


 後ろから声がして振り返る。


「レオンさん、全部一人で?」


「ああ。」


「毎日ですか?」


「そうだ。」


 私は言葉を失った。


 研究をして、薬を作って、患者さんも診て、家事も全部。


 それを一人で。


「あの!」


 勢いよく声を上げる。


「私、お手伝いします!」


 レオンさんは少しだけ目を丸くした。


「必要ない。」


「でも……!」


「客人に家事をさせるわけにはいかない。」


「客人じゃなくて、居候です……。」


 思わずしゅんと肩を落とす。


 食べさせてもらって、寝かせてもらって。


 何も返せていない。


「私、このままじゃ申し訳なくて……。」


 その一言に、レオンさんは少し考え込む。


「……そうか。」


 しばらく沈黙したあと、小さく頷いた。


「では、一つだけ頼みたいことがある。」


「はい!」


「薬草を干すのを手伝ってくれるか。」


 ぱっと顔が明るくなる。


「もちろんです!」


 そうして二人は家の裏へ向かった。


 そこには木で組まれた棚が何列も並び、その上いっぱいに薬草が広げられていた。


「すごい……。」


「乾燥させることで保存が利く。」


 レオンさんは薬草を一束手に取る。


「これは葉を重ねると傷む。」


「はい。」


「こちらは日陰。」


「はい!」


「これは日に当てる。」


「はい!」


 返事だけは元気だ。


 けれど。


「きゃっ。」


 薬草を落とした。


「……す、すみません!」


 慌てて拾おうとして別の籠にぶつかる。


 ガタン。


「あっ!」


 今度は籠が倒れた。


 薬草が辺り一面に散らばる。


「ご、ごめんなさい!」


 顔が真っ赤になる。


 何をやっているんだろう。


 手伝うどころか迷惑ばかり。


 泣きそうになりながら薬草を集めていると、不意に大きな手が私の前に差し出された。


「慌てなくていい。」


 レオンさんだった。


 怒っている様子はない。


「薬草は逃げない。」


「でも……。」


「君が怪我をする方が困る。」


 そう言って、散らばった薬草を一緒に拾い始める。


 私は恐る恐る尋ねた。


「怒らないんですか?」


「何故?」


「私、失敗ばかりで……。」


 レオンさんは少し首を傾げる。


「初めてなのだから失敗するのは当然だ。」


 あまりにも当たり前のように言われて、私は思わず黙ってしまった。


 今まで誰かにそんなふうに言われたことがあっただろうか。


「……ありがとうございます。」


 ぽつりと呟くと、レオンさんは小さく頷いた。


「次はゆっくりやればいい。」


 それだけだった。


 でも、その一言だけで、不思議とまた頑張ろうと思えた。


 作業を終えた帰り道。


 庭の隅で白い花が風に揺れていた。


 私が足を止めると、レオンさんも立ち止まる。


「綺麗……。」


「その花が好きか。」


「はい。」


 花びらにそっと触れながら頷く。


 レオンさんは花をしばらく見つめると、静かに言った。


「種なら余っている。」


「え?」


「庭の好きな場所に植えてもいい。」


 思わず振り返る。


「いいんですか?」


「ああ。」


 短い返事。


 でも、その言葉には不思議と温かさがあった。


 ——この庭に、私が植えた花が咲く。


 その未来を想像しただけで、胸の奥が少しだけあたたかくなった。


 知らない世界。


 知らない家。


 知らない人。


 それなのに。


 ほんの少しだけ。


 ここが居心地のいい場所だと、思い始めている自分がいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ