第二十九話 家族の眼差し
第二十九話 家族の眼差し
ある休日の朝。
一台の馬車が家の前へ止まった。
「レオン!」
低くよく通る声が庭に響く。
「父上。」
玄関を開けたレオンは、穏やかに頭を下げた。
馬車から降りてきたのは、騎士家の当主である父と、年の離れた兄・カイルだった。
「久しぶりだな。」
「元気そうで安心した。」
二人とも体格がよく、どこかレオンと面影が似ている。
けれど纏う空気は武人そのものだった。
◇◇◇
「どうぞ。」
りつかは少し緊張しながら、お茶を運ぶ。
「はじめまして……。」
「りつかと申します。」
父は優しい目を細めた。
「君が、レオンの話していた子か。」
「えっ?」
りつかは驚いてレオンを見る。
「私の話を……?」
レオンは珍しく視線を逸らした。
「少しだけだ。」
カイルが思わず笑う。
「少し、どころじゃなかったぞ。」
「『異世界から来た少女を保護した』『薬草を一生懸命覚えている』『料理が上達した』」
「手紙の半分くらい君の話だった。」
「兄上。」
レオンが静かに止める。
耳がほんの少し赤い。
りつかも照れてしまい、頬を染めた。
「そ、そんなに……?」
◇◇◇
昼食のあと。
父とカイルは庭を散歩していた。
少し離れたところでは、りつかが子猫と遊んでいる。
笑い声が風に乗って聞こえてくる。
「……変わったな。」
父がぽつりと呟く。
「ああ。」
カイルも頷いた。
「昔のレオンは、研究室に閉じこもってばかりだった。」
「笑うことも少なかったな。」
母を亡くしてからというもの、薬師になるという目標だけを見つめて生きてきた。
研究のためなら食事も睡眠も忘れる。
そんな弟だった。
それが今は違う。
「今日はちゃんと昼食を食べていた。」
父が苦笑する。
「昔なら私たちが来ても研究を優先していただろう。」
「それどころか。」
カイルは庭を見ながら笑う。
「さっきから何度もりつかさんの方を見てる。」
「本人は隠してるつもりなんだろうけど。」
父もつられて笑った。
「分かりやすいな。」
◇◇◇
一方その頃。
りつかは子猫を抱きながら花壇を歩いていた。
すると、父がゆっくり近づいてくる。
「少しいいかな。」
「はい。」
少し緊張して姿勢を正す。
父は穏やかに花壇を見つめながら言った。
「ありがとう。」
「え?」
「レオンが、あんな顔で笑うようになった。」
その一言に、りつかは目を丸くする。
「私は何も……。」
「いや。」
父は静かに首を振る。
「君は気づいていないだけだ。」
「この家へ来てくれたこと。」
「それだけで十分なんだ。」
りつかは何と返せばいいか分からず、小さく頭を下げた。
「こちらこそ……。」
「私の方が、たくさん助けてもらっています。」
その言葉に、父は優しく微笑んだ。
(この子なら。)
胸の内でそっと思う。
(レオンの隣にいてくれるだけでいい。)
◇◇◇
帰り際。
馬車へ乗り込む前、カイルがレオンの肩を軽く叩いた。
「大事にしろよ。」
「……何をだ。」
「全部だ。」
家も。
研究も。
あの子も。
カイルはそれ以上何も言わず、笑って馬車へ乗り込んだ。
馬車が遠ざかる。
レオンは静かに見送った。
振り返ると、玄関にはりつかと白い子猫が並んで待っている。
「おかえりなさい。」
出かけたわけではないのに、りつかはそう言って笑った。
レオンも思わず笑みを返す。
「ああ。」
その光景を思い出しながら、遠ざかる馬車の中で父は目を細めた。
「母さん。」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「お前が願っていたように。」
「あの子は、ちゃんと幸せへ向かって歩いているよ。」
空には、どこまでも穏やかな青空が広がっていた。




