表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
24/48

第二十四話 待つ時間

第二十四話 待つ時間


 レオンを乗せた馬車が見えなくなってから、りつかはしばらく家の前に立っていた。


「……もう見えないね。」


 肩に乗った白い子猫へ話しかける。


「にゃあ。」


 返事をするように、小さく鳴く。


 りつかは微笑み、玄関の扉を開けた。


「さあ、お留守番しようか。」


◇◇◇


 朝は、思っていたより忙しかった。


 温室の窓を開けて。


 薬草へ水をやり。


 診療所の掃除をする。


 レオンが出発する前に、一つ一つ丁寧に教えてくれていたおかげで、困ることはなかった。


「ここまで終わり!」


 思わず両手を伸ばす。


 子猫も真似をするように前足を伸ばして、大きなあくびをした。


「ふふっ。」


 笑い声が、静かな家に響く。


 けれど、そのあと。


 ふっと気付く。


 いつもなら、この時間。


「りつか。」


 研究室から、レオンが声を掛けてくれる。


 薬草を見分ける問題を出してくれたり。


 新しい本を貸してくれたり。


 そんな声が今日はない。


「……静か。」


 思わず呟く。


 家は昨日と何も変わらないのに。


 少しだけ広く感じた。


◇◇◇


 昼過ぎ。


 診療所へ、顔見知りのおばあさんがやって来た。


「あら、先生は?」


「今日は隣町へ診療に行っているんです。」


「そうだったねぇ。」


 おばあさんは優しく笑った。


「先生がいないと寂しいね。」


「……はい。」


 りつかは、自然に頷いていた。


 その返事に、自分でも少し驚く。


 以前なら。


 誰かと離れることに、こんな気持ちにはならなかった。


 けれど今は違う。


 たった一日会えないだけで、胸のどこかが少しだけ寂しい。


◇◇◇


 夕方。


 夕食の支度を始める。


 今日はレオンがいないから、簡単なものでいい。


 そう思っていた。


 それなのに。


 気付けば、いつものように二人分のスープを作っていた。


「あ……。」


 お玉を持ったまま、立ち尽くす。


「……またやっちゃった。」


 一人なのに。


 癖で二人分。


 その時。


「にゃ。」


 子猫が足元へ来て、見上げていた。


「そうだね。」


 りつかは苦笑する。


「一人じゃなかった。」


 小皿へ少しだけミルクを入れる。


 子猫は嬉しそうに飲み始めた。


「でもね。」


 りつかは小さく笑う。


「やっぱり、レオンさんがいた方がいいな。」


 その言葉を聞いた子猫は、飲むのをやめて、りつかの足へ身体を寄せた。


◇◇◇


 夜。


 暖炉の火を眺めながら、本を開く。


 けれど。


 文字が頭に入ってこない。


 つい、玄関の方を見てしまう。


 もちろん、帰ってくるはずはない。


 三日後だと分かっている。


 それでも。


「おかえりなさい。」


 その言葉を言えない夜が、こんなにも長く感じるなんて思わなかった。


 りつかは毛布へくるまる。


 子猫も隣へ丸くなる。


 静かな部屋。


 聞こえるのは暖炉の薪がはぜる音だけ。


「レオンさん。」


 小さく名前を呼ぶ。


 返事はない。


 少しだけ寂しくて。


 でも、不思議と不安ではなかった。


 きっと帰ってきてくれる。


 その安心が、この家にはあったから。


◇◇◇


 その頃。


 隣町の宿。


 診療を終えたレオンは、机に向かっていた。


 研究記録を書こうとペンを持つ。


 しかし、ふと手が止まる。


(今頃、夕食だろうか。)


 そんなことを考えてしまう。


 食事はきちんと摂っただろうか。


 本を読みながら眠っていないだろうか。


 子猫は夜になると毛布へ潜り込むから、驚いていないだろうか。


 考え始めると、次々に浮かぶ。


「……重症だな。」


 誰もいない部屋で、小さく苦笑した。


 万能薬の研究をしていても。


 薬草に囲まれていても。


 心は自然と、あの小さな家へ帰ってしまう。


 窓の外には、同じ月が浮かんでいた。


 レオンはそっと空を見上げる。


(あと二日。)


 その二日が、こんなにも長く感じるのは初めてだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ