第二十二話 小さな先生
第二十二話 小さな先生
薬草の勉強を始めてから数週間。
りつかは毎朝、本を開くのが日課になっていた。
「レオンさん、この葉っぱは?」
「それは風鈴草の若葉だ。」
「じゃあ、これは?」
「惜しい。そちらは薬には使わない。」
「また間違えちゃいました……。」
肩を落とすりつかに、レオンは優しく笑う。
「昨日よりは覚えている。」
「本当ですか?」
「ああ。」
その一言だけで、りつかはまた頑張れるのだった。
◇◇◇
昼過ぎ。
診療所へ、近所の女の子がやって来た。
七歳くらいの、小さな子だった。
転んで膝を擦りむいたらしい。
レオンが傷を消毒しようと近づくと――
「ひっ……。」
女の子は母親の後ろへ隠れてしまった。
「……。」
レオンは心の中で小さくため息をつく。
(いつものことだ。)
すると。
「大丈夫だよ。」
りつかがしゃがみ込み、女の子と目線を合わせた。
「先生、お薬を塗ったらすぐ良くなるよ。」
「……ほんと?」
「うん。」
りつかがにこっと笑うと、女の子も少し安心したように頷いた。
「じゃあ……がんばる。」
「えらいね。」
その言葉を聞いて、ようやくレオンは手当てを始めることができた。
治療が終わる頃には、女の子は泣き止んでいた。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
帰り際、小さな手がりつかへぎゅっと抱きつく。
りつかは少し驚きながらも、優しく抱き返した。
◇◇◇
「先生。」
母親が微笑む。
「りつかさんがいてくださると、本当に助かります。」
「……そうか。」
レオンは短く頷く。
帰っていく親子を見送りながら、ふと思った。
りつかが来てから。
診療所へ来る子どもたちが、以前より笑顔で帰るようになった。
怖くて泣いていた子も。
りつかが手を握るだけで安心する。
(私にはできないことだ。)
薬は作れる。
病気も治せる。
でも。
人の心をこんなに自然に和らげることは、自分には難しい。
◇◇◇
夕方。
庭では村の子どもたちが遊んでいた。
「りつかお姉ちゃん!」
「この花、名前なあに?」
「これはね、ラフィアっていうお花だよ。」
「かわいい!」
いつの間にか、小さな子どもたちが集まっている。
りつかは一人ひとりの話をちゃんと聞いて、花や薬草のことを優しく教えていた。
少し前まで人見知りだったとは思えない。
もちろん、知らない大人にはまだ緊張する。
でも子どもたちには、自然と笑顔になれるようになっていた。
◇◇◇
その様子を、レオンは窓から眺めていた。
アルバートが隣で苦笑する。
「人気者だね。」
「ああ。」
「君のところへ来る子より、りつかさんに会いに来る子の方が多いんじゃないかな。」
「……。」
レオンは否定しなかった。
事実だったからだ。
「少し寂しいかい?」
「違う。」
即答だった。
「子どもたちが笑っているなら、それでいい。」
「でも。」
ほんの少しだけ間を置いてから、小さく続ける。
「……りつかが疲れないかだけは心配だ。」
アルバートは思わず吹き出した。
「そこなんだね。」
「子どもに取られた、とかじゃないんだ。」
レオンは首を傾げる。
「子どもに嫉妬する理由がない。」
「彼女が楽しそうなら、それが一番だ。」
「ただ。」
窓の外へ目を向ける。
「無理をして笑っているなら、気付いてやりたい。」
その言葉に、アルバートは静かに微笑んだ。
(やっぱり、この人は変わった。)
恋をしたことで、狭くなるどころか。
誰かの幸せを願う心は、むしろ広がっている。
◇◇◇
日が暮れ始めるころ。
「りつかお姉ちゃん、またね!」
「また遊ぼうね!」
子どもたちは元気いっぱいに帰っていく。
りつかは大きく手を振って見送った。
「楽しかったです。」
家へ戻ると、レオンが温かいお茶を差し出す。
「ありがとう。」
「少し休もう。」
「……はい。」
その声が少しだけ掠れていることに、レオンは気付いていた。
お茶を一口飲んだりつかは、ほっと息をつく。
「やっぱりレオンさんのお茶、おいしいですね。」
その笑顔を見て、レオンも静かに微笑む。
「今日はよく頑張った。」
褒められた瞬間、りつかは少し照れたように笑った。
「えへへ……。」
その笑顔を見ながらレオンは思う。
――この子は、誰かを幸せにする才能がある。
だからこそ。
その優しさが、自分自身をすり減らしてしまわないように。
これからも、一番近くで見守っていよう。
それが今の自分にできる、何より大切な役目なのだから。




