第二十一話 あなたの力になりたい
第二十一話 あなたの力になりたい
初夏の風が、開け放した窓から研究室へ吹き込んでいた。
薬草を乾燥させる甘い香りが、部屋いっぱいに広がる。
レオンは机に向かい、調合の記録を書いていた。
その少し離れた場所で、りつかは薬草の仕分けをしている。
すっかり慣れた手つきだ。
「これは乾燥棚の二段目ですよね?」
「ああ、合っている。」
褒められるたび、りつかは少しだけ嬉しそうに笑う。
◇◇◇
昼過ぎ。
一人の母親が、小さな男の子を連れて診療所を訪れた。
男の子は熱を出しているらしく、ぐったりとしている。
レオンはすぐに診察を始めた。
りつかは静かに冷たい布を用意し、母親へ渡す。
「ありがとうございます……。」
母親はほっとしたように微笑んだ。
診察はほどなく終わる。
「重い病気ではない。」
レオンは穏やかに告げる。
「薬を飲んで、今日はゆっくり休ませてほしい。」
「本当にありがとうございます。」
親子は何度も頭を下げて帰っていった。
◇◇◇
玄関の扉が閉まると、りつかはぽつりと呟く。
「よかった……。」
レオンはその横顔を見る。
「何がだ?」
「お母さん、すごく安心した顔をしていました。」
「……ああ。」
「レオンさんがお話しすると、みんな安心するんですね。」
レオンは少しだけ考え込む。
「薬が効くかどうかは分からない。」
「だからこそ、不安まで一緒に診るのも薬師の役目だ。」
その言葉に、りつかは静かに頷いた。
「素敵ですね。」
レオンは照れたように咳払いをする。
褒められることには、まだ慣れない。
◇◇◇
夕方。
診療所の掃除を終えたりつかは、研究室の扉をそっと開けた。
「レオンさん。」
「どうした?」
少し緊張した様子で、りつかは両手を胸の前で握る。
「あの……。」
「私、お勉強したいです。」
「勉強?」
「はい。」
「薬草のことも。」
「調合のことも。」
「ちゃんと覚えたいんです。」
レオンは驚いたように目を瞬かせた。
「どうして急に?」
りつかは少しだけ照れながら笑う。
「今までは助けてもらってばかりでした。」
「でも。」
まっすぐレオンを見る。
「今度は、私も誰かを助けられるようになりたいんです。」
「レオンさんの、お手伝いがもっとできるようになりたい。」
その言葉に、レオンはしばらく何も言えなかった。
◇◇◇
静かな時間が流れる。
やがてレオンは、本棚へ歩いていった。
一冊の本を取り出す。
革張りの表紙は少し色褪せているが、大切に使われてきたことが分かる。
「これは……。」
りつかが目を丸くする。
「母が使っていた薬草の入門書だ。」
「えっ?」
「初心者にも分かるように、自分で書き込みをしてある。」
レオンは本をそっと差し出した。
「私が一番最初に読んだ本でもある。」
「……。」
りつかは恐る恐る受け取る。
「こんな大切なもの……。」
「君になら預けられる。」
その一言が、胸にじんわりと広がる。
「ありがとうございます。」
本を抱きしめるように持つりつかの姿を見て、レオンは自然と微笑んだ。
◇◇◇
その夜。
暖炉の前。
りつかは真剣な顔で本を読んでいる。
難しい言葉が出てくるたび、小さく首を傾げる。
「レオンさん。」
「何だ。」
「この『月光草』って、本当に月の光だけで育つんですか?」
「ああ。」
「すごい……。」
目を輝かせる。
その様子を見ているだけで、レオンは楽しかった。
誰かに知識を教えることが、こんなにも嬉しいとは思わなかった。
ふと、膝の上が温かくなる。
白い子猫が、いつの間にか丸くなって眠っていた。
暖炉の火。
本を読むりつか。
安心しきって眠る子猫。
レオンは静かに本を閉じる。
この穏やかな時間を守るためなら。
研究も。
仕事も。
どんな困難も乗り越えられる。
そんな気持ちが、胸の奥で静かに育っていくのだった。




