第十九話 白い番人
第十九話 白い番人
子猫が家へ来てから、一週間が過ぎた。
すっかり元気を取り戻した白い毛玉は、家中を元気いっぱいに走り回っている。
「こらこら。」
りつかが笑いながら追い掛ける。
子猫は楽しそうに廊下を駆け抜け、そのまま研究室へ飛び込んだ。
「にゃー!」
机の下から、小さな鳴き声。
「ごめんなさい!」
りつかも慌てて入る。
「レオンさん、お仕事中なのに……。」
すると。
レオンは本から顔を上げると、少しだけ目元を緩めた。
「問題ない。」
その足元では、子猫がレオンの靴紐と格闘している。
「遊び相手が欲しいらしい。」
「ふふっ。」
りつかがしゃがみ込む。
子猫は一度りつかの腕へ飛び乗る。
けれど次の瞬間。
ぴょん、とレオンの膝へ飛び移った。
「……。」
「……。」
二人とも少し驚く。
レオンは慣れない手つきで子猫を支えた。
子猫は満足そうに丸くなる。
「また寝ちゃいましたね。」
「ああ。」
レオンは本を開き直す。
膝の上に猫を乗せたまま、静かにページをめくる。
その姿があまりにも自然で、りつかは思わず笑みをこぼした。
(本当に仲良しになったなぁ。)
◇◇◇
その日の午後。
りつかは庭で花の手入れをしていた。
少し夢中になっていたせいか、額にはうっすら汗が浮かんでいる。
「もう少しだけ……。」
雑草を抜いていると。
「にゃ。」
子猫が足元へやって来た。
「どうしたの?」
いつもなら花壇の周りを走り回るのに、今日は何度もりつかの足へ身体を擦り寄せてくる。
まるで「休んで」と言うように。
その様子を、窓越しに見ていた人がいた。
「……。」
レオンだった。
彼は研究の手を止め、静かに外へ出る。
「りつか。」
「はい?」
「少し休憩しよう。」
「でも、あと少しで終わります。」
「あと少し、が長い。」
「う……。」
言い返せない。
レオンは苦笑しながら、庭の木陰へ椅子を置いた。
「お茶を淹れてある。」
「ありがとうございます。」
りつかが椅子へ座ると、子猫も膝へ飛び乗る。
そのまま丸くなる。
「この子も休憩したかったのかな。」
りつかは優しく撫でた。
レオンは小さく首を振る。
「違う。」
「え?」
「君が疲れていると、この子は必ず傍へ行く。」
「そう、ですか?」
「ああ。」
研究者らしい、よく観察した口調だった。
「元気な日は自由に遊んでいる。」
「疲れている日は君から離れない。」
りつかは驚いたように子猫を見る。
「そんなことまで分かるの?」
「にゃ。」
まるで返事をするように、小さく鳴く。
「ふふ。」
思わず笑ってしまう。
「ありがとう。」
子猫は満足そうに目を細めた。
◇◇◇
夕暮れ。
暖炉の前で三人――いや、一人と一匹と一人は静かな時間を過ごしていた。
りつかは本を読んでいる。
子猫はその隣で丸くなる。
レオンは研究記録を書いていた。
ふと顔を上げると、二人とも眠っていた。
本を胸に抱えたまま眠るりつか。
その腕へぴったり寄り添う白い子猫。
「……。」
レオンは立ち上がり、毛布を持ってくる。
まず、りつかの肩へそっと掛ける。
次に。
子猫にも少しかかるように整える。
「これでいい。」
小さく呟く。
その瞬間。
子猫が薄く目を開けた。
そして。
レオンを見上げると、小さく喉を鳴らした。
「にゃあ。」
まるで「ありがとう」と言っているようだった。
レオンは少しだけ照れたように笑う。
「……こちらこそ。」
君が来てから、この家はもっと賑やかになった。
そして。
りつかが笑う時間も、少し増えた気がする。
それだけで十分だった。
暖炉の火が静かに揺れる。
その温かな光の中で、小さな家族は今日も穏やかな夜を迎えるのだった。




