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第6話 放送室の沈黙

昼休みの校内放送は、思っている以上に学校の空気を左右する。

売店の新作パンが何分で売り切れたとか、サッカー部が昨日勝ったとか、文化祭の遺失物がまだ返ってこないとか。どうでもいいようで、どうでもよくないことばかり流れる。そのなかで、三日続けて読まれなかったリクエストがあると、気づくやつは気づく。

「また流れなかった」

「例の“戻ってこい”ってやつ?」

「重いからでしょ」

図書室の返却箱の横でそんな声がして、秋月が眉を寄せた。彼女は放送部のカード回収も手伝っている。

「重いから流さない、で済ませるの、だいぶ危ないと思う」

「放送部の裁量じゃないの」

「裁量の範囲が曖昧なときほど、人が消える」

その言い方は、ひかりに近かった。僕は少しだけ嫌な気持ちになった。ひかりの止まれなさが、他人に移るのはたぶんよくない。よくないけれど、秋月の言っていることも間違っていなかった。

昼休みの校内放送で、同じ曲だけが三日連続で流れなかった。

たまたまではない、と気づいたのは秋月だった。リクエストカードを図書室の返却箱のそばで回収しているのが彼女だからだ。

「曲名が全部、同じ人宛てだった」

「ラブソング?」

「そういう感じじゃない」

放送室へ行くと、放送部の二年生、森下が露骨に嫌な顔をした。ひかりを見るなり、机の上のカードを手で隠す。

「ただの編成の都合です」

「三日連続で?」

「他にもリクエストあるし」

「じゃあ、カード見せて」

「見せる必要あります?」

森下の口調は硬い。ひかりみたいなタイプを警戒する人間の目だった。

「ある。三日連続で消えるには理由がいる」

「一ノ瀬さん、何でも事件にしないでください」

「何でもじゃない。消えてるから言ってる」

「だから、編成の」

「嘘」

「ひかり」

僕が割りこむ。

「最初から嘘呼ばわりするな」

「でも」

「まずカード見せてもらう段階だろ」

少し沈黙があり、秋月が横からそっと言った。

「私、回収担当なので。記録と照らせば、三枚とも来てるのは分かってます」

「……」

「なくなってないなら、残ってるはずです」

結局、森下は引き出しから束を出した。三枚とも同じ筆跡だった。

『三組の九条へ。戻ってこい。お前のせいじゃない』

ひかりが目を上げる。

「これ、なんで流さなかったの」

「私信すぎるから」

「でも破棄してない」

「流したら、余計に大ごとになると思ったんです」

九条というのは、先週から部活を休んでいる男子の名前だった。万引きの噂を立てられて、しばらく登校も不安定になっている。カードの差出人は同じクラスの女子で、放送で伝えれば戻ってくるかもしれないと考えたらしい。

「本人に届く可能性を、勝手に消すのは違う」

ひかりが言う。

「でも、全校放送ですよ」

森下がすぐ返す。

「噂ごと広がる。『お前のせいじゃない』なんて流したら、何の件かってみんな嗅ぎまわる」

「だからって黙らせていいの?」

「よくない。でも、何でも流せば正しいってわけでもないでしょう」

その言葉は、珍しくひかりを止めた。

僕が口をはさむ。

「今回は、森下が半分正しい」

「湊」

「放送で届くより先に、見世物になる」

「でも、今のままでも届いてない」

「だから別ルートを考える」

森下が驚いたように僕を見る。

「別ルート?」

「カードを書いた子に直接会う。九条にも、別の形で届くようにする」

「それで、うまくいく保証は」

「放送よりはましだろ」

「……」

放送室の外へ出ると、ひかりが不満そうに口を尖らせた。

「湊、今日ずっと邪魔する」

「邪魔じゃない。止めてる」

「ラノベの主人公ならそうする」

「その主人公、毎回周辺被害出してるんだよ」

「結果的には助けてる」

「結果的に傷も増やしてる」

「……分かってる」

分かってる、と言うわりに、こいつはすぐ前へ出る。

カードを書いた女子は三組の水野だった。九条と同じ中学で、万引きの噂が広がってからは誰より必死に否定していたらしい。

「放送で流れたら、九条くん、戻ってくると思ったんです」

「たぶん、戻る前に噂がもう一周する」

僕が言うと、水野は唇を噛んだ。

「でも、直接会えないから」

「会えないなら、届ける人を増やせばいい」

森下がそこで名乗り出た。

「私、付き添います」

「森下先輩?」

「前に、助けるつもりで流して、逆に潰したことがあるから」

そこから事情が見えた。去年、放送で「落とし物をした一年生」へのメッセージを流した結果、その一年が家庭事情を嗅ぎ回られて不登校になったことがあったらしい。森下はそれ以来、私信めいたものを警戒しすぎるようになった。

「だから黙らせたのか」

ひかりが訊く。

「そうです」

「それも雑」

「分かってます」

その“分かってます”が少し痛かった。ひかりが言われる側の台詞みたいで。

結局、水野の手紙は放送ではなく、担任と森下が付き添って九条の家へ届けることになった。放送部はリクエストカードの扱いについて、今後は「私信性が高い場合は差出人に直接連絡する」というルールを作ることになった。全部を放送に乗せない代わりに、全部を握りつぶしもしない、という線だ。

帰り道、ひかりは制服のポケットから小さな紙を取り出した。今朝の靴箱に入っていたものらしい。

『あの時も、止める人はいなかった』

「誰が入れてるんだよ、それ」

「知らない」

「捨てろよ」

「もう捨てたよ。意味だけ残るけど」

少し歩いてから、ひかりが言う。

「湊」

「なに」

「私が間違えそうになったら、止めて」

僕は思わず足を止めた。

「今さらだな」

「今さらだよ。でも、止められるの、たぶんお前だけだから」

「そんなことないだろ」

「あるよ」

そう言われたことが、なぜだか少しだけ嬉しかった。嫌な種類の嬉しさだ、と気づいたのは、もっと後だった。

駅前の横断歩道で、ひかりが最後にぽつりと言う。

「でも、解決したから」

「何が」

「今日のこと」

「うん」

「ラノベの主人公ならそうした」

「お前、それ便利な決め台詞にしてるだろ」

「便利だから主人公なんだよ」

意味が分からないまま、少しだけ笑ってしまった。

手紙は、放課後に九条の家へ届けられた。

さすがに僕たちが押しかけるわけにはいかないので、担任と森下、水野の三人で行くことになったのだが、駅前まで見送った帰り、森下から短いメッセージが来た。

『渡せました。読むところまでは見てないけど、受け取ってくれた』

それだけの報告なのに、少しだけ空気が軽くなる。

「放送しないで正解だったかな」

 ひかりが言う。

「珍しく迷ってるな」

「迷うよ。届かないまま終わるのも嫌だし、届き方が雑なのも嫌だし」

図書室へ寄ると、秋月が返却箱の横でカードを整理していた。

「森下先輩、泣いてたよ」

「なんで」

「“去年、自分が止められなかったものを、今年は止められた気がする”って」

ひかりはその言葉を聞いて、少しだけ視線を落とした。

「止めるのって、進めるのと同じくらい難しいね」

「お前は基本、進める側だからな」

「湊は?」

「止める側」

「うん。知ってる」

夕方、ひかりのロッカーには何も入っていなかった。だから余計に不気味だった。何もない日があると、次に来るものを勝手に想像してしまう。


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