第2章 5話 共犯の設計図
体育館倉庫で一年の男子が脚立ごと転んだのは、放課後の準備中だった。
骨折まではいかなかったが、膝を深く切って救急搬送。小さな事故に見えて、翌日には部活と委員会と教師の責任問題に発展した。
安全管理の不備。鍵の返却漏れ。使用簿の改ざん。誰も大怪我をしていないからこそ、全員が少しずつ他人のせいにできる。
「今回はラノベっぽくないな」
僕が言うと、ひかりは首を傾げた。
「むしろ王道。小さい事故の顔した連鎖事件」
「言い方」
「ラノベの主人公ならそうする」
「その台詞で事故現場に入るな」
倉庫の鍵は、本来なら体育教官室で貸し出し管理されている。ところが実際には、部活間で勝手に融通されていた。バスケ部が使い、演劇部が戻さず、美化委員が脚立を借りに来て、最後に文化祭準備班が入った。その中の誰かが脚立の留め具を固定しないまま戻している。
ひとりの犯人を探すより、いい加減さの流れを追うほうが難しい。
「めんどくさいね」
ひかりが言った。
「めんどくさいことが本質だよ」
「だから湊がいるんでしょ」
「また当然みたいに」
「当然だよ。共犯なんだから」
その言葉に、僕は少しだけ足を止めた。
ひかりは先へ進みながら振り返る。
「なに」
「いや」
「嫌ならやめる?」
「やめない」
「じゃあ、いい」
言葉は軽いのに、妙に重かった。
聞き込みは体育教官室、バスケ部のミーティング、演劇部の小道具室、美化委員会の倉庫当番表へと続いた。
それぞれが少しずつ責任を負っていて、だからこそ誰も全責任を負わない。
「返したと思った」
「次が使うって聞いた」
「急いでて確認しなかった」
よくある。よくありすぎる言い訳だった。
でも、事故に遭った一年の中村は「自分がちゃんと見なかったのも悪いです」と言ってしまうタイプで、余計に話がややこしくなる。
「よくない」
ひかりが即座に返す。
「怪我した側が先に自分を責めると、全員がそこへ乗る」
中村は目を丸くした。
「でも、僕も」
「でもじゃない。怪我したら痛かったろ」
「……はい」
「なら、痛かったって言っていい」
ひかりの言葉は、たいてい極端だ。だが、たまにそれでしか届かない相手がいる。
僕は使用簿と貸出表、それに防犯カメラの時刻を重ねた。
最後に脚立へ触れたのは演劇部の大道具担当で、その前に留め具を開いたまま運んだのはバスケ部だった。けれど、それだけでは終わらない。鍵を勝手に回した美化委員、戻し確認をしなかった教師、予備脚立を出しっぱなしにしていた準備班。
原因は一人じゃない。だから解決も、一人へ押しつけては駄目だった。
会議室で関係者を集めたとき、ひかりは珍しく最初から怒っていた。
「全員、少しずつ“次の人が何とかする”って思ってた」
静かな声だった。
「その“少しずつ”で、人は血を流す」
体育教師が反論しかけたのを、僕は先に止める。
「責任の配分を決めましょう」
「真壁、お前な」
「誰を悪者にするかじゃなくて、次からどう回すかを決める場です」
その場で、鍵の貸し出し方法を変えた。使用前後の写真送信、倉庫ごとの担当固定、留め具点検のチェック欄追加。ついでに教師側にも承認責任を入れる。
面倒だという顔は多かったが、怪我人が出た直後の面倒は、たいてい通る。
「真壁先輩、すごいですね」
榊原が言う。
「犯人を決めるだけじゃなくて、ちゃんと次まで考えてる」
ひかりが小さく笑った。
「だから言ったじゃん。こいつは共犯」
「……共犯って、いい意味なんですか?」
榊原が恐る恐る聞く。
「うちはいい意味」
ひかりは即答した。
「正しさを一人で持つと危ないから、半分こするの」
僕はその言い方に少しだけ救われた気がした。
帰り道、ひかりが空を見上げる。
「ねえ」
「なに」
「共犯である以上、正しさだけじゃなくて、結末の責任も半分持つんだよ」
「知ってる」
「ちゃんと口にして」
「……共犯である以上、結末の責任も半分持つ」
ひかりはそれを聞いて、妙に安心したように息をついた。
たぶん、こいつも僕が必要なのだ。
その事実を、僕はまだ言葉にしなかった。




