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第七章:過去の傷痕

榊原真の殺害現場。


真秀は、遺体の周辺を再度確認していた。


鑑識課員たちは、まだ証拠を採取している。だが、これまでの事件と同様、決定的な手がかりは見つかっていない。


「嬢ちゃん」


沖田が近づいてきた。その表情は、いつになく深刻だった。


「少し、話がある」


真秀は沖田を見た。


「何ですか?」


沖田は周囲を見渡し、他の捜査員から離れた場所に真秀を誘った。


路地の入口付近。二人だけになった場所で、沖田は口を開いた。


「嬢ちゃん、今回の被害者たち……ビーストってグループのメンバーだったんだろ?」


「ええ。そうです」


「それでな、俺、ちょっと引っかかることがあってな」


沖田は煙草を取り出そうとしたが、思い直してポケットに戻した。


「三年前、ひき逃げ事件があった。母子が轢き殺された事件だ」


真秀は身を乗り出した。


「それが、何か?」


「当時、俺もその捜査に関わってたんだ」沖田が続けた。「被害者は、芹沢ゆり子さんと、その息子の優太くん。七歳だった」


芹沢。


真秀はその名前を記憶した。


「犯人は?」


「衛藤慎一郎大臣の秘書だった男、佐々木っていう奴だ」沖田は苦い顔をした。「事件の数日後、佐々木が警察に手紙を送ってきた。自分が飲酒運転で母子を轢いたって告白する内容だった」


「それで?」


「すぐに佐々木の自宅に向かった。だが……もう、死んでた。首を吊って自殺していた」


真秀は黙って聞いていた。


「車も調べた。佐々木の指紋があった。状況証拠も揃っていた。だから、被疑者死亡で送検された」


沖田は窓の外を見た。


「だが、おかしなことがあった」


「おかしなこと?」


「車の名義だ」沖田が真秀を見た。「その車、衛藤大臣の秘書名義だったが、元々は北条誠一郎議員の事務所名義で登録されていた」


真秀の目が鋭くなった。


北条誠一郎。被害者の一人、北条隆史の父親だ。


「それに、噂があった」沖田が声を落とした。「ビーストとかいう、金持ちの子息たちのグループが、事件に関わっているんじゃないかって」


「それで、捜査を?」


「ああ」沖田は頷いた。「俺と何人かの刑事で、裏を取ろうとした。だが――」


沖田は拳を握った。


「上層部から、捜査中止の命令が出た」


真秀は息を呑んだ。


「中止?」


「ああ。『被疑者は死亡している。これ以上の捜査は不要』ってな。政治的な圧力があったのは、明らかだった」


沖田は真秀の目を見た。


「嬢ちゃん、今回の事件、もしかしたら――」


「復讐」


真秀が言葉を継いだ。


「ひき逃げ事件の被害者遺族による、復讐の可能性がある」


「そういうことだ」


沖田が頷いた。


「被害者の夫、覚えてるか?」


「芹沢……」


「芹沢幸次郎」沖田が資料を取り出した。「当時四十二歳。職業は、国家プロジェクトの研究者だった」


真秀は資料を受け取った。


そこには、芹沢幸次郎の写真があった。


痩せた体躯。疲れた表情。眼鏡をかけた、知的な顔立ち。


「何の研究を?」


「細胞の再生技術だ」沖田が説明した。「人体組織を再生する研究。将来的には、失われた臓器を再生できるようになるって話だった」


真秀の脳裏に、あの映像が蘇った。防犯カメラに映っていた、異形の生物。犬から、モンスターへと変化する姿。そして、被害者から奪われる心臓と脳。


「細胞の再生……」


真秀は呟いた。もし、その技術を悪用すれば――


生物を作り出すことも、可能なのではないか。


「嬢ちゃん、何か思い当たることがあるのか?」


沖田が尋ねた。


真秀は顔を上げた。


「沖さん、この芹沢幸次郎の現在の所在は?」


「それが……」沖田は首を振った。「妻子の葬儀の後、しばらくは研究を続けていたらしい。だが、一年ほど前に姿を消した。研究所も辞めて、行方不明扱いだ」


真秀は眉をひそめた。


「行方不明扱い……」


真秀は呟いた。


「すぐに芹沢幸次郎の捜索を開始します」


「おい、嬢ちゃん、まさか――」


「今回の犯人、芹沢幸次郎の可能性があります」


真秀は沖田を見た。


「彼の研究内容、そして妻子を奪われた動機。すべてが一致します」


沖田は黙っていた。


「沖さん、協力してください」


「……分かった」


沖田が頷いた。


「だが、嬢ちゃん。もし本当に芹沢が犯人なら……」


沖田は真秀の肩に手を置いた。


「上が、また動くぞ。政治家や金持ちが絡んでる。真相を明かせば、大問題になる」


「構いません」


真秀は即座に答えた。


「真実を明らかにするのが、私たちの仕事です」


沖田は、真秀の目を見た。そこには、強い意志があった。


「……やっぱり、嬢ちゃんは俺の知ってる中で一番の刑事だな」


沖田が笑った。


「分かった。協力する。一緒に、真相を暴こうじゃないか」


真秀は頷いた。


「ありがとうございます」


警視庁本部に戻った真秀は、すぐにチームを招集した。花山、夢見、弓山。そして沖田も加わった。


「これから、芹沢幸次郎という人物を捜索する」


真秀が全員を見渡した。


「彼は、三年前のひき逃げ事件の被害者遺族だ。そして、細胞再生技術の研究者でもある」


弓山が手を挙げた。


「係長、その人が今回の犯人だと?」


「可能性が高い」真秀が頷いた。「動機、能力、すべてが一致する。弓山、芹沢の過去の住所、研究所の記録、すべて洗い出してくれ」


「了解です!」


「花山、夢見、お前たちは芹沢の知人、同僚を当たれ。どこに潜んでいるか、手がかりを探せ」


「了解!」


二人が敬礼する。


真秀は、窓の外を見た。


芹沢幸次郎。妻子を奪われた男。復讐のために、自らの研究を悪用した男。


そして――


あの異形の生物を、作り出した男。


真秀の拳が、握られた。


必ず、見つけ出す。そして、これ以上の犠牲者を出さない。


真秀の目に、静かな決意が宿っていた。

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