第五章:獣の影
警視庁本部、強行犯捜査第三係の事務室内。
真秀は、デスクに広げられた資料を見つめていた。
被害者二名の詳細な身辺調査。北条隆史と森田健太。一見、政治家と企業家の子という接点が無いように見えた二人だが――
「係長、報告があります」
花山が資料を抱えて戻ってきた。夢見も後ろに続いている。
「何か分かったか?」
「はい」花山が資料をデスクに置いた。「被害者二人、学生時代に同じグループに所属していました」
真秀は身を乗り出した。
「グループ?」
「ええ。大学時代の仲間で、かなり親しい関係だったようです」夢見が補足した。「周辺への聞き込みで、複数の証言がありました」
花山が資料を開く。そこには、若い男女の集合写真があった。
「これが、そのグループです。自称『ビースト』」
真秀は写真を凝視した。
六人の若者たち。楽しそうに笑っている。だがその目には、どこか傲慢な光が宿っている。
「メンバーは全員で六名」花山が一人ずつ指差した。「北条隆史、森田健太。そして――」
「衛藤ミキ。衛藤慎一郎総務大臣の娘です」
真秀の目が鋭くなった。衛藤大臣。北条議員の事件で、真秀に圧力をかけてきた刑事部長の背後にいる人物だ。
「次に、榊原真。IT系企業、榊原テクノロジーズのCEO、榊原健一の息子」
「華村凛。大女優、華村美咲の娘」
「そして榎本大輝。大手重機メーカー、榎本重工の御曹司です」
真秀は腕を組んだ。
政治家、実業家、芸能人。そして重機メーカー。すべて、この国の上層部に繋がる人間たちだ。
「このグループの評判は?」
夢見が苦い顔をした。
「最悪です。飲酒運転、暴力沙汰、薬物の噂。やりたい放題だったようです。ただ、親の力で全部揉み消されてきた」
真秀は拳を握った。
特権階級の子息たち。法を犯しても、罰を受けない。
「被害者二人は、このグループのメンバーだった」
「はい」花山が頷いた。「ということは、残りの四人も――」
「標的になる可能性がある」
真秀は立ち上がった。
「すぐに残りの四人の所在を確認して。そして警護が必要かどうか、上に掛け合う」
「了解です」
花山と夢見が動き出す。
真秀は再び写真を見た。
ビースト。獣。
なぜ、このグループが狙われているのか。
単なる金持ちへの恨みなのか。それとも、何か別の理由が――
「係長」
弓山が声をかけてきた。
「残りのメンバーの現住所、データベースから引っ張ってきました」
「ありがとう。すぐに――」
真秀の携帯が鳴った。
画面を見る。沖田からだ。
「真田です」
「嬢ちゃん、残念だがまた一件だ」
沖田の声が、重く響いた。
「新宿で遺体発見。状況は同じだ。心臓と脳が、ない」
真秀は息を呑んだ。
「被害者は?」
「身元確認中だが……若い男性だ。高級ブランドのスーツを着てる」
真秀は写真を見た。
まさか――
「すぐに向かいます」
電話を切り、真秀は花山たちに振り返った。
「行くぞ。また事件だ」
数時間前――
新宿の繁華街。
ネオンが煌めく夜の街を、榊原真は千鳥足で歩いていた。
二十六歳。IT企業CEOの息子で、自身も会社の重役を務めている。だが実際の仕事は部下に任せきりで、毎晩のように遊び歩いていた。
今夜も、高級クラブで朝まで飲んでいた。
「はぁ……楽しかったなぁ。明日はどの子と遊ぼうかなあ」
榊原は、ふらふらと路地に入った。
酒に酔った頭で、近道をしようとしたのだ。
路地は暗く、街灯もまばらだ。だが榊原は気にしなかった。この程度の場所、何度も通っている。
その時――
「よう、榊原」
声がした。
榊原は足を止めた。
暗がりから、人影が現れた。
スーツ姿の男。見覚えのある顔。
「北条?」
榊原は目を見開いた。
「おお、久しぶりじゃねえか!」
北条隆史。ビーストのメンバーの一人だ。
榊原は駆け寄った。
「どうしたんだよ、お前。最近連絡ないから心配してたんだぞ」
北条は笑った。
「ああ、ちょっと忙しくてな」
「そうか。ていうか、今から飲みに行くか?いい店知ってるんだ」
榊原は携帯を取り出した。
「そうだ、ミキにも連絡するか。あいつも喜ぶぞ」
榊原が電話をかける。
数回のコール音の後、女性の声が聞こえた。
「もしもし、榊原?こんな時間にどうしたの」
「おう、ミキ。今な、北条に会ったんだよ」
「……え?」
電話の向こうで、衛藤ミキの声が固まった。
「何言ってるの?北条は……死んだのよ」
榊原の笑顔が、固まった。
「は?何言ってんだよ」
「ニュースになってたでしょ。殺されたのよ、数日前に」
榊原の背筋に、冷たいものが走った。
ゆっくりと、北条を振り返る。
そこには、変わらぬ笑顔の北条がいた。
「お、お前……誰なんだよ……?」
榊原の声が、震えた。
北条が――いや、北条の姿をした何かが、笑った。
そして――
その体が、変わり始めた。
皮膚が裂ける。骨格が歪む。身長が伸び、腕が太く、長くなる。
頭部が膨れ上がり、顔が崩れていく。
人間の形を保っていたものが、一瞬で異形へと変貌した。
「うわあああああああっ!」
榊原は走り出した。
だが、その生物は速かった。
巨大な腕が、榊原の背中を掴んだ。
「やめろ、やめてくれ、ヒィィ、助けて――」
榊原の叫びは、路地に響いた。
だが、誰も来ない。
生物の腕が、榊原の体を持ち上げた。
そして――
引き裂いた。
肉が裂ける音。骨が砕ける音。
榊原の断末魔が、夜の闇に消えていく。
生物の巨大な手が、榊原の胸部に突き刺さった。
肋骨を砕き、内部を探る。
そして、心臓を引き抜いた。
次に、頭部。
頭蓋骨を割り、脳を取り出す。
すべてが、数秒の出来事だった。
榊原の体は、もはや原型を留めていなかった。
バラバラに引き裂かれた肉片。散乱した臓器。地面を染める血。
生物は、心臓と脳を両手に持ち、じっと見つめていた。
その時――
路地の奥から、人影が現れた。
黒い装束。顔を隠す仮面。
黒装束の男は、生物に近づいた。
生物は、男に心臓と脳を差し出した。
男はそれを受け取り、持っていた袋に入れた。
そして、生物の頭を撫でた。
まるで、犬を褒めるように。
生物は満足そうに、低く唸った。
黒装束の男が、低く呟いた。
「あと三人」
二つの影は、闇の中へと消えていった。
路地に残されたのは、榊原真の無残な死体だけだった。




