第二十章:血の契約
深夜。
港区の高級マンション。
衛藤ミキの部屋は、最上階にあった。
ミキは、窓際に立っていた。東京の夜景を見下ろしながら、ワイングラスを傾けている。
華田凛が死んだ。榎本大輝も行方不明になった。
ビーストのメンバーで、残っているのは――
自分だけだ。
ミキの唇が、僅かに歪んだ。
「みんな、愚かだったわ」
ミキが呟いた。
「あの程度の脅威に、怯えて、無様に死んでいくなんて」
ミキは、ワインを飲み干した。
自分は違う。
自分は、もっと賢い。
もっと、冷静だ。
だから、生き残れる。
その時――
ガラスが、割れた。リビングの大きな窓が、粉々に砕け散った。
「何っ!」
ミキが振り返る。
そこには――
異形の姿があった。PASの装甲を纏った、エイリアン。機械と生物が融合した、怪物。
「まさか……」
ミキの顔が、青ざめた。
エイリアンが、部屋に入ってくる。
その瞬間――
「お嬢様、下がってください!」
廊下から、三人のボディガードが飛び込んできた。全員が、自動小銃を構えている。
「撃て!」
一斉に、銃声が響いた。弾丸が、エイリアンに命中する。
だが――
エイリアンは、止まらない。PASの装甲が、弾丸を弾いている。
「くそっ、効かない!」
ボディガードたちが、連射を続ける。だが、無駄だった。
エイリアンが、最初のボディガードに飛びかかった。その腕が、ボディガードの首を掴む。
そして――
捻った。
ゴキッ。
骨が折れる音。
ボディガードの体が、崩れ落ちる。
「うわああああっ!」
二人目のボディガードが、至近距離から発砲した。だが、エイリアンは素早かった。その腕が、ボディガードの頭を掴んだ。
そして――
壁に叩きつけた。
ドスン!
頭蓋骨が、砕ける。血が、壁を赤く染めた。
三人目のボディガードが、逃げようとした。
だが――
エイリアンの腕が、彼の背中を貫いた。
「ぐはっ……」
血を吐いて、ボディガードが倒れる。
わずか数秒。
三人のボディガードが、全滅した。
ミキは、壁際に追い詰められていた。体が、震えている。エイリアンが、ゆっくりとミキに近づいてくる。その目は、獲物を見つめる捕食者のそれだった。
「待って……待ってちょうだい……」
ミキの声が、震えた。
その時――
部屋の入口に、人影が現れた。黒いスーツを着た、小太りの男性。三十代。額に汗を浮かべ、頼りなさそうな顔つき。
だが、その目は――冷たかった。
男性が、エイリアンの前に立った。
まるで、エイリアンを制御しているかのように。
ミキは、その男性を見た。
そして――
目を見開いた。
「あなた……まさか……」
ミキの声が、小さく漏れた。
男性が、ミキを見た。その目には、何の感情もなかった。
「衛藤ミキさん」
男性が、淡々と言った。
「あなたの最期です」
「待って」
ミキが、必死に声を絞り出した。
「私の話を聞いてほしい」
男性は、黙ってミキを見つめている。
「お願い……話だけでも……」
ミキの目から、涙が溢れた。だが、男性は首を振った。
「無理です」
男性が、冷たく言った。
「私は、芹沢さんに約束しました」
男性の声が、低く響いた。
「ビーストのメンバーは、残らず抹殺すると」
ミキの顔が、絶望に染まった。
「そんな……」
男性が、エイリアンに合図した。エイリアンが、ミキに向かって一歩踏み出す。
「待って!」
ミキが叫んだ。
「私には、あなたに伝えなければならないことがあるの!」
ミキが、何かを叫んだ。
だが、その言葉は――
小さくて、聞き取れなかった。
男性の体が、一瞬、硬直した。
その目が、僅かに揺れた。
ミキが、さらに何かを言い続ける。
男性は、じっとミキを見つめていた。
そして――
ゆっくりと、ミキに近づいた。エイリアンに、待つように合図する。男性が、ミキの耳元で何かを囁いた。ミキの目が、見開かれた。
そして――
男性が、ミキの腕を掴んだ。
「こちらへ」
男性が、ミキを別の部屋に連れて行く。エイリアンは、その場に留まっていた。
数分後――
別の部屋から、物音が聞こえた。
そして――
しばらくの沈黙。
やがて――
エイリアンの咆哮が、響いた。
「ギャアアアアアアアアッ!」
その直後――
女性の叫び声。
「いやああああああっ!助けて、誰か、助けてええええっ!」
肉を引き裂く音。
骨を砕く音。
血が飛び散る音。
そして――
静寂。
男性が、部屋から出てきた。その手には、血の滲んだ袋を持っていた。
エイリアンが、男性の隣に立つ。
「行きましょう」
男性が、淡々と言った。
二つの影が、破られた窓から消えていった。
部屋には――
無残に損壊された、女性の遺体が残されていた。顔は、原型を留めていない。心臓と脳は、持ち去られている。身元の特定は、困難だろう。
夜の闇が、すべてを包み込んでいた。
翌朝。
警視庁本部。
真秀の携帯電話が鳴った。
「真田です」
「係長、緊急です」
沖田の声が、緊張していた。
「港区の高級マンションで、遺体が発見されました。衛藤ミキの部屋です」
真秀の顔が、険しくなった。
「被害者は?」
「衛藤ミキと思われます。ただ――」
沖田が言葉を濁した。
「顔が完全に損壊されていて、身元の確定には時間がかかりそうです」
真秀は、拳を握った。
衛藤ミキ。
ビーストの、最後のメンバー。
「すぐに向かいます」
真秀は、電話を切った。
そして――
窓の外を見た。
灰色の空。雨が、降り始めていた。
これで、ビーストのメンバーは全滅した。
だが――
真秀の胸には、まだ重いものがあった。本当に、これで終わったのか。
それとも――
まだ、何かが隠されているのか。
真秀は、深く息を吐いた。
事件は、まだ終わっていない。そう、真秀の本能が告げていた。




