第十五章:復讐の渇望
一ヶ月後。榎本重工の研究所。
都心から離れた場所にある、巨大な施設だ。
その地下三階。厳重なセキュリティに守られた、特別研究区画。
榎本大輝は、車椅子に座っていた。
あの夜から、一ヶ月。
命は、取り留めた。
だが――
榎本は、下半身を見た。
生殖器は、失われたままだった。
医師たちは、最善を尽くした。だが、あまりにも損傷が激しく、再建は不可能だった。
榎本大輝は、もう二度と、男としての機能を持つことはない。
「くそ……」
榎本が、拳を握った。
華田凛を失い、自分の体も、奪われた。
すべて、あのエイリアンのせいだ。
「許さない……」
榎本の目が、憎しみに燃えた。
「絶対に、許さない」
その時――
研究室のドアが開いた。
「榎本さん、お待たせしました」
声がした方へ、榎本が顔を上げる。そこに立っていたのは、二人の男だった。
一人は、六十代の白髪の男。
痩せた体躯に、眼鏡。学者然とした風貌。
榎本重工の主任研究員、大道寺博士だ。
もう一人は、三十代の小太りの男。
頼りなさそうな顔つきで、額に汗を浮かべている。
同じく榎本重工の技術者、甲本隆だ。
「大道寺博士、甲本さん」
榎本が二人を見た。
「準備は、整ったのか?」
「ええ」
大道寺が頷いた。
「PAS――power assist suit。ご覧いただきましょう」
大道寺が、壁のスイッチを押した。格納庫の扉が、ゆっくりと開いた。
その中に――
それは、あった。
人型のスーツ。
全高約三メートル。
p2hmのような重機的な重厚さはない。その代わり、流線型のフォルムで、軽量化されている。装甲は薄く見えるが、特殊合金で作られている。両腕には、小型のブースターが装着されており、脚部も同様に、推進装置が組み込まれている。
「これが、PASです」
大道寺が説明した。
「重機型のp2hmと違い、こちらは人体の動きを直接増幅するタイプです。パワーではp2hmに劣りますが――」
大道寺が続けた。
「機動力は、遥かに上です。腕と脚部の推進装置により、地上での高速ダッシュが可能です。ジャンプ力も、通常の人間の数倍です」
榎本は、PASを見つめた。
「これで、エイリアンを倒せるのか?」
「ええ」
甲本が答えた。
「エイリアン相手なら、十分な性能です。私が、保証します」
甲本の目が、僅かに光った。だが、榎本は気づかなかった。
「いつから、使える?」
「今すぐにでも」
大道寺が言った。
「ただし、操縦には訓練が必要です。最低でも、二週間は――」
「そんなに待てない」
榎本が遮った。
「今すぐ、俺に着せてくれ」
大道寺と甲本が、顔を見合わせた。
「しかし、榎本さん。あなたの体は、まだ――」
「構わない」
榎本が強く言った。
「俺は、エイリアンに復讐する。それだけだ」
榎本の目には、狂気が宿っていた。
大道寺は、溜息をついた。
「……分かりました。では、装着の準備を」
甲本が、榎本の車椅子を押した。PASの前に、榎本を運ぶ。
「榎本さん、背中から入ってください。PASが、あなたの体を支えます」
甲本が説明した。
榎本は、車椅子から立ち上がった。足は、まだ弱い。だが、憎しみが彼を支えていた。
PASの背部ハッチが開く。
榎本が、中に入った。ハッチが閉まる。
PASのシステムが、起動した。
モニターに、外の映像が映し出される。
榎本の体に、PASの制御装置が接続される。
「動いてみてください」
甲本の声が、スピーカーから聞こえた。榎本が、右腕を動かした。PASの右腕が、同じように動いた。
「すごい……」
榎本が呟いた。
自分の体が、強化されたようだ。
力が、みなぎっている。
「これなら……これなら、エイリアンを倒せる」
榎本の声が、興奮に震えた。
その時――
研究室のドアが、再び開いた。
「甲本主任」
若い技術者が入ってきた。
「例の件、情報が入りました」
「何?」
甲本が振り返った。
技術者が、甲本に資料を渡す。甲本が、それを読んだ。
そして――
不敵に笑った。
「榎本さん、良い知らせです」
甲本が、榎本を見た。
「エイリアンを作ったと思われる、芹沢幸次郎の居場所が、特定されました」
榎本の目が、見開かれた。
「本当か!」
「ええ。警察が防犯カメラのリレー捜査で突き止めたようです」
甲本が続けた。
「我が社の、政界にコネのある人物から情報が入りました。警察は、今夜、芹沢の隠れ家に突入する予定だそうです」
榎本は、PASの拳を握った。
「場所は?」
「都内の廃工場です。住所は――」
甲本が、座標を榎本のモニターに送信した。榎本が、それを確認する。
「すぐに行く」
「榎本さん、待ってください」
大道寺が止めようとした。
「まだ訓練も――」
「構わない!」
榎本が叫んだ。
PASが、動き出した。
ブースターが起動し、PASが宙に浮く。
「俺は、今すぐエイリアンを殺す!芹沢を殺す!」
榎本の声が、研究室に響いた。
PASが、研究室の扉を蹴破り、廊下に飛び出した。
大道寺と甲本が、呆然と立ち尽くしている。
だが直ぐに気を取り直し――
大道寺は不敵に笑っていた。
「行きましたね」
目が、冷たく光った。
榎本重工の屋上。PASが、現れた。
その上空には、大型ヘリコプターが待機していた。
ヘリから降ろされたケーブルが、PASの背部に接続される。
「榎本さん、ヘリで現場まで移動します」
無線で、パイロットの声が聞こえた。ケーブルが巻き上げられ、PASが宙に浮く。
ヘリが、廃工場に向かって飛び始めた。
榎本は、モニターに映る東京の夜景を見た。だが、その美しさは目に入らない。
ただ、復讐だけが、彼の心を支配していた。
「待ってろ、芹沢……」
榎本の声が、狂気に染まっていた。
「お前を殺す。エイリアンを殺す。全部、全部殺してやる!」
榎本の高笑いが、夜空に響いた。
「あはははははは!ついに復讐できる!ついに!」
ヘリは、廃工場に向かって飛んでいった。
吊り下げられたPASの姿は、まるで復讐の化身のようだった。
だが、榎本は知らない。
これが、罠だということを。
すべてを仕組まれていることを。
そして――
この先に、何が待っているのかを。
榎本大輝の運命は、もう決まっていた。




